僕には一つ、気になっている事がある。
 いつもお昼時になると教室から消えるクラスメート。
 お弁当箱も持たずに、だからといって購買部にいく素振りも見せない。
 だから、後をつけて確かめる事にした。


≪餌付けの時間☆≫


 天津芹はクラス委員長。
 だからといって、いちクラスメートがお昼休みにどうしていようが別に関係ないのだが。
 高校に入学してから数ヶ月。彼女、市田杏香がクラスにあまり馴染んでいないような印象を受けるのは、きっとお昼時に姿を消すからだと思っていた。


 四限目が終わってお昼休み。
 芹は自分のお弁当を手に、杏香の後をつける。

 いつものように彼女はお弁当も持たずにふらっと教室を出ると、購買部とは反対方向に向かった。
(どこに行くんだろう……あ、もしかしたら他のクラスに彼氏がいて、その彼にお弁当を持ってきてもらってる、とか?)
 だが芹はすぐにその考えを打ち消す。

 ……普通逆だよね。

 と。


 後をつけていると、杏香は図書室に入っていった。
「……何で図書室……?」
 そう思って中を覗く。
 すると杏香は図書室の奥の、日当たりのいい机に突っ伏して寝ていた。
「なっ……寝る、為……?」
 芹は呆れて、だが杏香に近付いて声を掛ける。
「……市田さん」
「……ほへぇ……?」
 杏香は顔を上げて、ホケッとした顔で芹を見る。
「いいんちょ……?」
「君、お昼食べないの?」
 芹がそう聞くと、杏香は瞼を擦って答える。
「んー……食べる物ないですから」
「は……?」
「今日の家庭科部の活動が調理実習なら、それがお昼ですー」
 のほほんと言われた言葉に、芹は考える。
「お弁当忘れたの?お財布も?」
「違いますよー」
「……じゃあ、毎日?」
「そうですー」
 ニコニコとそう言う杏香に、芹は理解が出来ない。
「……ダイエット?」
 他に思い当たるのがそれしかない。
 だが。
「食事抜きダイエットは体に悪いですよ?」
 そう返された。


 よくよく話を聞くと、杏香はとんでもない生活をしていた。

 朝は牛乳配達のバイト。そこで配達所のおじさんの厚意で牛乳を一本貰って、それと前日のスーパーの値引き品の菓子パン一つで朝御飯。
 お昼は学校で授業、もしくは家庭科部の調理実習がある時のみそれを食べる。
 つまり、実質お昼抜き。
 夜はまかない食の出る飲食店でバイトをしているので、それが晩御飯。
 ちなみにバイトのない日(週一ペース)はスーパーの値引き弁当。
 これで一ヶ月の食費は五千円程度らしい。

「私一人暮らしなんですよー。学校には奨学金で通っててー、部費500円で一ヶ月の大半がお昼ご飯代わりの調理実習ってお得ですよねー。そうじゃなくても編み物とかの時は冬に着るセーターとか編めますし」
 にこにこにこ。
 どうやら杏香はこの生活を、全く苦に思っていないらしい。

 凄い、と思った。
 同じ生活をしろと言われたら、多分自分には出来ない。

 でも。
「……そんな生活を続けてたら、いつか体調を崩すよ。だから……僕のお弁当、良かったら分けてあげようか?」
 そう言って芹は自分のお弁当箱を見せる。
「本当ですかぁ!?わぁっ……!いいんちょはいい人ですー!」
「っ!?」
 突然抱きつかれて、芹は驚いて声も出ない。
 そんな芹の動揺を知ってか知らずか、杏香は申し訳なさそうに言う。
「……でも、本当にいいんですか?」
「い、いいんだ。うちの親、“高校生になったんだから、もっといっぱい食べなさい”って、いつもお弁当大量に作るから」
 芹が真っ赤な顔でぎこちない笑顔を作ると、杏香はにへら〜っと笑う。
「じゃあ早速食べましょうー」
「……取り敢えずここは飲食禁止だから、別の場所行こうね」
「はいー」


 それからというもの、芹は毎日屋上で杏香に自分のお弁当をわけてあげていた。
「……何だか餌付けしてるみたいだ……」
「ほへ?」
「……気にしないで。独り言だから」

 この関係は一体何なんだろう?
 自分で言い出した事ではあるけれど。
 需要と供給の一致?
 でも最近では母親に言って前より少しだけお弁当の量を多くしてもらっている。

「……ま、暫くはこのままでもいいか」

 よく分かんないけど。
 彼女が美味しそうにお弁当を食べるのを見るのは好きだし。
 嬉しそうな顔をすると、こっちまで嬉しくなる。
 だから、今はまだこのままで。


 それは、まだ芽吹いたばかりの小さな恋。
 大輪の花を咲かせるのは、まだまだ先のお話。


=Fin=