≪団欒の時間♪≫


 それは、母親の思い付きから始まった。
「ねぇ芹。杏香ちゃんて確か、一人暮らしなのよね?」
「そうだけど。それがどうかした?」
「じゃあ今度、夕飯に呼んだらどうかしら。ほら、一人で食べるより大勢の方が楽しいし」
 そう言う母親に、芹は眉を顰める。
「……そんな事言って、どうせ杏香と色々お喋りしたいだけだろ」
「あら、よく分かってるじゃない。じゃあ今度、バイトがない時に夕飯に誘うのよ。いいわね?」
 開き直って、強くそう言う母親に、芹は溜息を吐いた。


「――という訳なんだけど、杏香はいつなら空いてる?」
 芹は早速、お昼にその話題を持ち出す。
 すると杏香は途端に嬉しそうな顔をした。
「うわぁ……!お呼ばれですか?嬉しいですー。えっとですねー……明後日ならバイト入ってませんよー?」
「明後日ね。じゃあ伝えとく」
「でも、家族の団欒に私がお邪魔して、本当にいいんですかー?」
「いいよ。ウチの母親、女の子が欲しかったってよく言ってるから」
「それじゃあ、お夕飯作るの手伝いますー」
 ニコニコとそう言う杏香は、本当に嬉しそうだ。
 やはり、一人暮らしの寂しさは大きいのだろう。
「……母さんも楽しみにしてると思うから、夕飯作るの手伝ったら、きっと喜ぶよ」
「えへへー、頑張りますー」


 そうして二日後。
「お邪魔しますー」
 学校が終わって、一度家に帰って着替えてきた杏香が芹の家を訪れると。
「いらっしゃい、杏香」
「まぁー、いらっしゃい杏香ちゃん!ささ、入って頂戴」
 早速、芹と芹の母親が出迎えてくれた。
「はいー。今日はお夕飯に招いて下さって、ありがとうございますー」
「あらあら、いいのよ。一人暮らしだと色々大変でしょ?自分の家だと思って寛いでね」
「ありがとうございますー。あ、お夕飯作るの手伝いますよー?」
「本当?助かるわ。芹なんていっつも手伝わないから……」
「母さんっ!」
 母親の言葉に、流石に芹は口を挟む。
「本当の事でしょ。さ、杏香ちゃん。台所はこっちなの」
「はいー」

 そうして杏香は夕飯作りを手伝うのだが。
 芹はその様子が気になって仕方がない。
「あら、杏香ちゃん包丁の扱い、上手いわね」
「家庭科部なんですよー」
「そうなの?じゃあお料理も得意?」
「そうですー。前に芹君にお弁当作ってあげた時、芹君が美味しいって言ってくれて、嬉しかったですー」
 それは、田舎に住んでいる芹の祖父が倒れた時に、母親が数日家を空けた時の事だ。
「あら、あの時?そんなに前から付き合ってるのに、芹ったら何にも言ってくれなかったのね」
 母親はそう言って、二人の様子をそっと覗いている芹に視線を向ける。
「杏香ちゃんの事知ってたら、もっと早くにこうして夕食に誘ってあげれたのにねぇ?」
 まるで嫌味を言うような母親の言葉に、芹は視線を逸らす。

 彼女ができた事をわざわざ親に報告する高校生は少ないと思う。
 杏香が熱を出さなければ、そうして一人暮らしじゃなかったら、きっと今も杏香の存在を母親は知らなかっただろう。

「でも偉いわねー。生活費とかちゃんと、自分で稼いで。それに比べてウチの芹ったら……」
 そう言ってチラッと芹に視線を向けると、大げさに溜息を吐く。
「……何が言いたいんだよ」
「……アンタも少しは杏香ちゃんを見習いなさい?」
 すると、杏香は芹をフォローするように口を開く。
「でも、芹君はすっごい優しいんですよー。私、芹君に色々と助けてもらってるんですー」
 はにかんだ笑顔でそう言う杏香に芹は照れ、母親の方も何だか嬉しそうだ。
「あら。あの子、ちゃんと役に立ってるの?」
「はいー。熱を出した時はずっと傍にいてくれて嬉しかったですし、“いつでも遠慮なく頼っていいよ”って言ってくれて」
「頼っていい、なんて大きく出たわね」
 そう言いながらも、やはり自分の息子が褒められたりするのは嬉しいのだろう、ニコニコ顔だ。

 そんな話をしながら夕飯が出来上がった頃には、芹の父親も帰ってきて。
「お、芹の彼女か?こんな可愛い子捕まえるなんて、やるなぁ、芹」
「父さんっ!」
 からかわれて芹は真っ赤だ。
 そんな中で囲んだ夕飯は、とても温かで和やかな時間だった。


 夕飯後、泊まっていくように勧められた杏香がそれを丁寧に断ると、名残惜しそうに言われた。
「また一緒に食べましょうね。その時は今度は泊まっていってね?」
「はいー。今日は本当にありがとうございましたー」
「じゃあ芹、しっかりと杏香ちゃんを家まで送り届けるのよ?」
「分かってるよ」

 そうして帰り道。
 杏香はポツリと呟くように口を開く。
「今日……楽しかったです」
「うるさい母親で大変だったでしょ」
「いいえー。芹君のお母さんはいい人ですねー」
「そう?」
「……家族団欒の中で食事したの、凄く久し振りですよー?」
「杏香……」
 芹はその場に立ち止まると、杏香を抱き締める。
「芹君?どうしたんですかー」

「寂しくない?」

 その言葉に杏香は体を固くする。
「……寂しかったら、いつでも言って?ウチの家族は皆、杏香の事大歓迎だから」
「芹君……」
「遠慮しなくてもいいよ」
「……はいっ」
 嬉しそうにそう返事した杏香は、何だか泣きそうな笑顔だった。


 一人で寂しくしてるより。
 誰かと一緒の方が、温かいから。
 和やかな時間を、団欒で。


=Fin=