≪夏の季節≫


 それはまだ、二人が付き合い始めて間もない頃だった。
 期末テストも終わり、後は夏休みを待つだけというのに。
 日に日に、杏香は少しずつ元気がなくなっていくように見えて、芹は心配していた。
「……杏香。最近、何か悩みとかあるの?」
「悩み、ですかー……?特にはないですよ……?」
「そう?ならいいんだけど……」
 それでもやっぱり、芹は不安が拭えない。

 溜息を吐く事が増えたし、心成しか食欲も落ちてる気がする。
 何かあるなら話して欲しいし、力になりたい。

 そう思って、芹はもう一度聞く。
「バイトとかは順調?何か嫌な事とか……」
「ない、ですけどー……私、どこか変ですかー……?」
 芹の質問に杏香は逆に疑問を持つ。
 当然だろう。本人に自覚はないのだから。
 首を傾げる杏香に、芹は一応言ってみる。
「最近の杏香、溜息が多いからどうしてかなって思って……それに、食欲も落ちてるみたいだし、何か悩みとかあるのかなって思って」
 芹の言葉に、杏香はきょとんとする。
「溜息、そんなに多いですかー……?」
 そう言って首を傾げた直後。
 杏香は自分が小さく、はぁ、と息を吐いている事に気付いた。
「あれ……?」
 自覚してしまえば、本当に極僅かに溜息のようなものを自然と吐いてしまっている自分に気付いて。
 杏香は首を傾げて考える。
「何でですかねー……悩みはない、ハズなんですけどー……」
 そうして再び溜息を吐く。
「そっか……じゃあ、食欲が落ちてる自覚はある?」

 芹にそう言われてみれば、確かに最近、何となく食事のペースが遅くなった気がしないでもない。
 それでもバイト先で出されたまかないや朝食、部活などで作った物は残す事はしていない。

「……よく分からないですー……」
 そう言って、だが杏香は思い出したように言う。
「そういえば最近、何となくだるいっていうか、疲れが取れない気はしますけどー……関係あると思いますかー……?」
 杏香の言葉に芹は考え込む。
「何だろ……溜息はだるさとか疲れが取れないのから来るとして……」
 そうして一応聞いてみる。
「バイトが忙しい、とか?」
「いいえー……?いつも通りですー」
「じゃあ、テスト勉強の疲れが出たとか」
「そんなに勉強したつもりはないですけど……」
 それを聞いて、芹はますます考え込む。
「んー……じゃあ何で……?」

 考えて考えて考えすぎて。
 よく分からなくなってきた所で、芹は考えるのを止めた。

「……何か考えすぎて、頭の中まで熱くなってきた気がする」
「もうすぐ夏だし、気温も高くなってきてますしねー……」
 その言葉に、芹はパッと閃いた。
「あ……もしかして杏香、夏バテなんじゃない?」
「夏バテ、ですかー……?でも私、今までなった事ないですよー……?」
 すぐさま否定されて、だが芹は可能性を言う。
「ほら、杏香って高校に入って急に環境が変わったでしょ?だから、それでじゃないかな」
「かもですねぇ……」
 いまいち納得していないような杏香の返事に、芹は夏バテについて調べようと密かに思った。


 案の定、杏香の症状は夏バテに当て嵌まるもので。
 不規則になった食生活や、栄養バランスの乱れ。
 それにバイト先もどうやら、店内とバックヤードではちょっとした気温差があるらしく。
 それも原因の一部と考えられるだろう。

「取り敢えず、なるべく冷たい物を食べたりしない方がいいらしいよ?余計に酷くなって悪循環になるみたいだから」
「分かりましたー」
「まぁでも、食べれてる内はまだましかもね」
「そうですねー」
「来年の夏は、もっとちゃんと気をつけなくちゃダメだね」
「はいっ」
 そう話しながら、二人はニッコリと微笑み合った。


 学生にとって、夏は長期休暇があったりして楽しみな季節の一つだから。
 夏バテなんかに負けないで、楽しまなくちゃ。


=Fin=