クラス委員長の天津芹は、現在ある人物を餌付け(?)している。
それはクラスメイトの市田杏香。
そもそもそんな事になったのは、彼女のとんでもない生活を聞いたからなのだが。
≪餌付けの成果?≫
「本当に美味しそうに食べるね」
「おいしいですー。いいんちょのお母さんは、お料理上手ですねぇ」
のほほんとそう言う杏香は、本当に美味しそうにお弁当を食べる。
芹は、そんな杏香の表情を見るのが好きだった。
ある日のお昼休み。
「はい、いいんちょ」
芹がいつものように学校の屋上でお弁当を広げていると、杏香が何かを差し出してきた。
「……えっと?」
「いつもお世話になってるので、プレゼントですー」
「ぷ、プレゼント……?」
それには簡単にリボンがかけてあった。
「えっと……」
ワケが分からず、だが、杏香が見て欲しそうにしていたので、取り敢えずリボンを外して広げてみる。
「Tシャツ……?」
「はい。昨日の部活の時間に作ったんですー」
ニコニコと嬉しそうにそう言う杏香に、芹は複雑な気分になった。
プレゼントを貰えたのは嬉しい。
だが、バイト三昧で切り詰めた生活をしている彼女から貰う、というのは、何となく後ろめたいものがある。
「……いいの?部活で編み物とか裁縫をする時は、自分の物を作るって……」
「いつもオイシイお弁当を分けて貰ってるお礼ですよー?」
「でも……」
それでも受け取るのを渋る芹に、杏香は少しだけ困った顔をする。
「……いいんちょは、何でいっつもお弁当分けてくれるんですか?」
杏香の突然のその問いに、芹は慌てる。
「え!?えっと、それは……」
真っ赤になって、どう言おうかと考える。
美味しそうに食べてるのを見るのが好きだから、とか?
いや、でも……それって何となく失礼なような……。
餌付けしてるみたいだし……どうしよう……。
色々と百面相しながら考えていると、杏香から思いも寄らない言葉を言われた。
「うーん。いいんちょが私の事、好きだったらいいのになー、って思ってたんですけど」
「……え」
「いいんちょは優しいですし、皆からも頼りにされてて、すっごく好きだなーって思ってたんです」
「え、え?」
「だから……いいんちょが私の事好きだったら、両想いだなーって」
臆面もなく杏香にそう言われ、芹はこれでもかというくらい真っ赤になる。
「ちょ、ちょっと待って。市田さんは、その……僕の事、好き、なの……?」
「はい、そうですよ?」
不思議そうに首を傾げられ、芹は体が熱いと思った。
きっと全身真っ赤なんだろう。自分でもそう思う。
杏香の顔を見ていられなくて、芹は俯く。
「ぼ、僕も!その、い、市田さんの事……好き、です!」
どもりながらもそう言って、チラッと杏香の顔を見る。
すると杏香は少しだけ驚いた顔をして、それでもすぐに満面の笑みを見せる。
「はいっ!」
その返事にホッとして、芹はまだ顔が赤いままだったが、杏香に笑顔を見せる。
「あ。じゃあ、今度からは“いいんちょ”じゃなくて、“芹君”って呼ばなきゃですねー」
ニコニコとそう言って、杏香は「芹君」と名前で呼ぶ。
「芹君も、私の事“市田さん”じゃなくて、“杏香”って呼ばなきゃダメですよー?」
「きょ、杏、香……?」
「何ですかー、芹君?」
芹が名前を呼ぶと、杏香は物凄く嬉しそうな、幸せそうな顔をして。
自分まで心が温かくなる感じがした。
「あの、これ……Tシャツ、ありがとう……」
「どういたしましてー。サイズ、合うといいんですけど……」
「大丈夫。このくらいだったらきっと、余裕で着れるから」
「それは良かったですー」
嬉しそうに頬を染める杏香に、芹も嬉しくなる。
杏香の笑顔が見られるなら、ずっと曖昧な関係のままでもいいと思っていた。
餌付けの成果と思わなくもないけれど。
恋人同士の関係は、思っていたより幸せな事だって分かった。
それは、芽吹いた小さな恋の種が、花開いた瞬間――。
=Fin=