≪お昼寝の時間♪≫
「杏香、お弁当食べよ」
「はいっ」
芹と杏香の関係は、付き合い始めて数週間経ってもそんなに以前と大差なかった。
朝も放課後に部活が終わった後も休日も、杏香はバイト三昧。
一人暮らしで生活費等を稼ぐ為なのだから、それは仕方ないといえる。
後は電話とメールのやり取りで。
ゆっくりできるのは結局お昼の時間だけだからだ。
そんなある日。
「……どうかしたの?今日は朝からずっと、何だか眠そうだけど」
「んー……ちょっと、遅くまで勉強、してて……」
そう言いながらも杏香は舟を漕いでいて、今にも寝てしまいそうだ。
「大丈夫?」
普段、杏香は遅くても23時くらいには寝てしまうそうだ。
次の日の朝の牛乳配達があるから。
「うー……やっぱりダメですー……ちょっと寝ていいですかぁ……」
「うん。まだ休み時間あるから、ちょっと横になった方がいいよ」
「そうしますー……」
そう言って杏香は横になったのだが。
「きょ……!?」
彼女は何と、芹の膝を枕にして寝てしまった。
余程限界だったのか、横になった途端に杏香はスゥスゥと安らかな寝息を立てて。
芹は動けなくなってしまった。
お、屋上で周りに人がいなくてよかった……っ!
そんな事を思いながらドキドキする。
芹は今まで女の子と付き合った事がなかったから、こういう事態は初めてだ。
自分の膝枕で女の子が眠っている。
その事に、どうしたらいいのか戸惑う。
手、どこに置けばいいんだろう。
髪とか撫でてあげた方がいいのかな。
でもやっぱり女の子だし、不用意に触れちゃダメだよな。
そうしておろおろしながら、取り敢えず手は自分の体の後ろに付く事にした。
暫くそのままでいたが、時計を見ると休み時間の終了までまだ20分ぐらいある。
「どうしよっかなぁ……」
そう呟いて杏香を見ると、彼女の髪が風でさらさらと流れていた。
髪の毛、触り心地よさそう。
触っちゃダメかな……。
そう思いながらも、芹は屋上の地面を付いていた手を払ってから、ゆっくりと杏香の髪に手を伸ばす。
……あ、柔らかくてさらさらしてる……。
やっぱり女の子なんだなぁ……。
「ん……」
暫く杏香の髪を撫でてその感触を味わっていると、彼女が身動ぎしたので慌てて手を離す。
だが起きた様子はなく、芹はそっと寝顔を覗き込む。
寝顔も可愛い。
こうして見ると、結構白くて綺麗な肌をしてる。
あ、睫毛長い。
頬っぺたとかも柔らかそう。
順番にじっくり見ていって、ふと唇の所で視線が止まる。
「……」
い、今何考えたんだ、僕。
「キス、してみたいだなんて……」
寝てる女の子にいきなりキスなんかしたら、絶対に嫌われる。
というか、まだそんな恋人同士とかいう実感も実は無いのに、キスなんかできるハズがない。
「……いいですよ?」
「っ!?」
杏香の寝顔から視線を逸らしてそう思っていた芹は、突然聞こえてきた声に心臓が飛び出る程、ビクッ!と肩を揺らした。
「お、起きてたの……!?」
「んー……というか、丁度目が覚めた時に聞こえてきましたー」
杏香はそう言いながら起き上がる。
芹は途端に真っ赤になった。
「私は、芹君ならいいですよ?」
「え……」
「だって……私、芹君の事が大好きですから」
そう言った杏香の表情ははにかむような笑顔で。彼女も顔が赤い。
「えと……じゃあ、いい……?」
「はい……」
芹が聞くと、杏香は恥ずかしそうに、それでも頷いて。
そんな彼女にドキドキしながら、芹は正面に正座して姿勢を正す。
「あの、じゃあ……」
そうして肩に手を置いて、ゆっくりと顔を近づける。
「……」
唇が触れる直前に目を閉じて。
柔らかい感触がした後、すぐにゆっくりと顔を離す。
閉じていた目を開けると、真っ直ぐな視線とかち合った。
芹は思わず杏香を抱き締める。
「……まだ、ドキドキしてる」
「私も、です……」
そうして暫くそのままで。
「っ!」
我に返って、芹は思わずガバッと杏香から体を離す。
「ご、ごめん!急に抱き締めたりして……!」
だが杏香は、芹に身を寄せる。
「あ、あの……芹君の腕の中、気持ちよかったから……も、暫く、いいですか……?」
「う、うん」
そうしてもう一度抱き締める。
「……ファーストキスって、よく何かの味に例えられますよねぇ」
「そう、だね」
「でも私、味なんて分からなかったです」
「……僕も。ちょっと触れただけだし、あれで味は分からないよね」
「でも……今、凄く幸せな気分ですー」
「それは、うん。僕も、幸せな気分」
そう言って二人はクスクスと笑いながら、予鈴が鳴るまでそうしていた。
=Fin=