≪不安な気持ち≫


 最近少し、疑問に思っている事がある。
 杏香は僕の事を好きだと言ってくれる。
 まだぎこちなくはあるけれど、傍から見ればちゃんと恋人同士に見えると思う。実際キスもしたし。

 だけど。
 学校以外では殆ど逢えない。
 生活する為にバイト三昧なのだから仕方ないのかもしれないが、メールや電話もあまりない。
 だから最近、不安になる。
 もしかしたら彼女は、お弁当を分けてくれるから僕を好きだと言っているだけで。
 それを恋愛感情と勘違いしているだけなんじゃないか?って。


 そんなある日、芹が家に帰ると母親の姿はなくて。
 買い物かな?と思っていたら、電話が掛かってきた。
「倒れた?おじいちゃんが?」
『そうなのよ。大した事はないらしいんだけど、暫く入院する事になってね。おばあちゃん一人じゃ大変でしょ?だから当分はこっちで二人の面倒見る事になったから』

 芹の祖父と祖母は田舎に二人で暮らしていて。
 親戚の中で一番近い所に住んでいる芹の家からでも、車で二時間は掛かる。
 だから暫く、母親は祖父母の家に泊まる事にしたのだろう。

 電話を切って、芹は考える。
 夜は父親と二人だから、外食か店屋物だろう。簡単な物だったら自分も作れるし。
 問題は。
「お昼のお弁当……」
 いつも杏香と二人で食べているお弁当の分だ。
 流石にお弁当を自分で作る自信はない。
「……もし、これで杏香が僕の事を嫌いになったらどうしよう……」
 それは、最近の芹の不安そのもので。

 その夜はなかなか、寝付く事ができなかった。


 次の日、芹はお昼休みが近付く度に、どんどん不安になっていった。

 杏香はどんな反応をするだろうか?
 餌付けされた動物は、餌をくれなくなったらその人間をすぐに見限る。
 でも、本当にその人間の事を好きだったら、離れてはいかない。
 動物に例えるのは失礼かもしれないけど。
 杏香はどっちなんだろう?

 そうしてお昼休みになって、芹は杏香の元へと行く。
「杏香。その……取り敢えず、屋上行こっか」
「?はい」
 いつもと少し様子の違う芹に、杏香は首を傾げた。


 屋上でいつものようにフェンス近くに並んで座ってから、芹は物凄く言いにくそうに話しを切り出す。
「あの、さ。お弁当なんだけど……実はおじいちゃんが昨日倒れて、別にそれは大した事なかったらしいんだけど、入院する事になって。母親が看病の為にそっちに行ってて……暫く、お弁当なし、なんだ」

 芹は、杏香の顔を見る事が出来なかった。
 もしがっかりしたような顔だったら、と思うと、怖くて。

 だが。
「大丈夫ですか?芹君のお母さん、暫くいないんですよね?栄養の偏ったものばかり食べちゃダメですよー?」
 杏香は、芹の栄養面を心配しだした。
「私はもう慣れちゃいましたからいいですけどー。芹君は男の子なんだし、三食ちゃんと栄養のバランスがいいもの食べなくちゃ」
 そう言う杏香に、芹はもう一度言う。
「……暫く、お昼のお弁当ないんだけど……?」
「あぁ、そうですよねぇ……コンビニのお弁当とかでも、結構栄養バランスに偏りあるし……」

 そうじゃなくて、と芹は思う。
 杏香はあくまで、芹の体の心配しかしていない。

「そうだ!芹君のお弁当、明日から私が作ってきましょうかー?」

 杏香のその提案に、芹は驚き慌てる。
「ちょ、ちょっと待って杏香!それは……」
「私だってお弁当ぐらい作れますよー。忘れたんですか?私、家庭科部ですよー?料理は得意ですー。……本当は夜も作ってあげられたらいいんですけど、バイトがあるから無理ですしー」
「そ、そうじゃなくて!だって、朝だって牛乳配達のバイトがあるでしょ?それに、そもそも節約の為にお昼抜いてたのに……」
 芹がそう言うと、杏香はニコニコしながら言う。
「夜に下準備しておけば、そんなに手間じゃないですよー?それに、いつも芹君にお弁当分けて貰ってるんですもん。こういう時くらい、私が作りますよー」
「杏香……」
「えっとですね。私は芹君の事が大好きで、大事なんです。だから芹君の為なら、お弁当分の出費くらい訳ないです。それに普段、彼女らしい事もできてないしなーって思ってましたし」
 杏香は照れたように頬をうっすらと染めながらそう言った。
 その事に芹は、申し訳ない気持ちになる。

 不安に思ってた事は、全部杞憂で。
 それどころか、こんなに想っててくれたのに、疑うような事して。
 本当に、申し訳ないと思う。

「杏香、ごめん。ありがとう」
「?何で芹君が謝るんですかー?」
 首を傾げる杏香に、芹は曖昧に微笑んだ。

 本当の事を全部言ったら、逆に傷付けてしまうかもしれないから。


 その次の日から暫く、杏香の手作り弁当がお昼ご飯になった。
「うん、おいしい。本当に料理上手だね、杏香」
「芹君の口に合うなら良かったですー」
 杏香の作ってきたお弁当は。
 彩りもよくちゃんとしたもので、本当に手作り、という感じだった。
「大変じゃない?」
「いいえー?芹君が喜んでくれるなら、お弁当作りも楽しいですー」
 ニコニコと、本当に嬉しそうにしている杏香を見て、芹まで嬉しくて幸せな気分になる。
「杏香。お弁当、ありがとう」
「はいっ」


 最初は餌付けの延長みたいに始まった関係だけど。
 今なら、ちゃんと分かる。
 お弁当はただのきっかけで。
 僕への好きという気持ちは、紛れもない恋心。


=Fin=