数日前、杏香が熱を出すというちょっとした出来事があって。
 その時に芹は、杏香がどうして一人で暮らしているのか、聞こうと決めたのだが。

 芹は何となく聞くタイミングを逃していた。


≪質問の時間≫


 いつものお昼休みの時間。
 芹は、今日こそ聞こうと口を開く。
「あ、の……杏香っ」
「はい、何ですかー?」
「その……えっと……何でもない」
「……芹君、最近ずっとそればっかですよー?」
 首を傾げてそう言われ、芹は今度こそ!と思う。
「……聞きたい事が、あるんだけど」
「聞きたい事、ですか?」
「……凄く、聞き辛いんだけど……その……」

 言え!言うんだ、僕!

「杏香は、何で一人暮らししてるの……?」

 ……よし。
 何とか言えた。

 そう思いながら、だがもしこれが杏香にとって触れられたくない事だったらどうしようかとも思う。
「あ、いや、言いたくないなら別にいいんだ。ゴメン」
「言いたくない訳じゃないですけど……芹君は聞きたいですか?」
「……できれば」

 フォローできる所はするって、決めたから。
 その為には、きちんと彼女の事を知っておかなくちゃいけない。
 ……本当は、もっと早くに聞くべきだったんだろうけど。

「う〜ん……私の家、ちょっと複雑なんですよ」
 そう言って話し出した杏香の家の事情は、想像もしない内容だった。

「えっとですねぇ……まず、お父さんなんですけど。私が小さい頃に、蒸発しちゃったらしいんですよー」
「じょ、蒸発?」

 ……何だかいきなり重いんですけど……?

「それで、数年経って役所で離婚手続きしてもらって。本人いなくても、ずっと一緒に住んでなかったら離婚できるんですよ。知ってました?」
「聞いたことあるような……」
「それでですね、お母さんは再婚して新しいお父さんが出来たんですよ」

 まさか、そのお父さんと上手くいってない、とか?

「で、数年経って。二人は離婚しちゃったんです」
「そっか……」
「で、私はお父さんに引き取られてー」

 ……ん?
 今、お父さんって言った……?

「で、数年してお父さんは再婚して、新しいお母さんが出来たんです」
「……杏香?もしかしてそれって……」
「はい。家族全員、血の繋がりはないです」
 それを笑顔で言う杏香に、芹は頭を抱えたくなった。

 それって。
 物凄く大変な事なんじゃ……!

「で、今度二人に赤ちゃんが生まれるんですよー」
「え……」

 それはつまり。

「そうしたらお父さんとお母さんは、赤ちゃんと三人でちゃんと血の繋がった家族になれるでしょ?」

 二人にとって、全く血の繋がりのない杏香は、いらない子供だ。
 そんなの。
 絶対間違ってる。

「芹君。そんな怖い顔しないで下さい」
 そっと手を握られて、芹はハッとする。
「でも、それじゃ杏香が……!」
 だが杏香は首を横に振る。
「一人暮らしをするって言った時、二人に反対されたんです。“遠慮なんかする事ない”って」
「え……?」
「本当は、生活費だって学費だって、毎月口座に振り込まれてるんです」
「じゃあ、何で……」

「三人に、幸せになって欲しいから」

 そう言って微笑んだ杏香は、本当に眩しいくらいの笑顔で。
「できるだけ、自分の力で何とかしたいんです。それで、ちゃんと就職して自立できたら、お金も返そうと思ってます。私の妹か弟になる子の為に、使ってあげて下さいって」
「杏香……」
「だって、そうでしょう?赤の他人である私を、心配して、愛してくれて、育ててくれたんですから」

 それは、後ろめたさから出た言葉では決してなくて。
 本当に嬉しそうに、感謝しているように聞えた。

「……杏香は、二人の事がすっごく好きなんだね」
「はい、大好きですー」
「でも、無理のしすぎでこの前みたいに倒れちゃったら意味がないよ」
「うっ……それは、そうですけどー……」
「だから。今度からは無理しないで?ちょっとでもおかしいって思ったら、僕に言って。傍にいて、杏香を助ける事ぐらいはできると思うから」

 そうすると、決めたから。

「杏香。いつでも遠慮なく、僕を頼って?」

「芹君……はいっ」
 芹の言葉に、杏香は嬉しそうな笑顔を向ける。


 どれだけ君の力になれるか分からないけど。
 でもきっと。
 知らなかった頃よりは確実に、助けになれる。


=Fin=