≪小説みたいな恋の始まり≫
納多紫織は焦っていた。
「ない……ない、ない……!」
大事なノートが、ない。
「アレを他人に見られたら……!」
紫織が必死に探しているのは、手帳程の大きさのノート。
「どうしよう……図書室に落としたのかなぁ……」
紫織が必死になっているのには訳がある。
紫織は隠れ趣味で自分のHPを立ち上げている。
その内容は、オリジナル恋愛小説サイト。
紫織が探しているノートには、そのサイトにUPしている小説の原案ともいえる文章の数々が書いてある。
ノートに名前が書いてあるわけではないが、紫織の字を知っている人が見れば分かるだろう。
「……明日、学校で探してみるしかないかな……」
もう夜も遅いし、今から学校に行っても無理だろう。
そう思って、紫織は諦めてパソコンを立ち上げる。
「今日のメールは……っと」
サイトの掲示板をチェックしてから、届いたメールをチェックしていく。
その中に、とんでもないメールがあった。
『織さんは、緑星高校の生徒ですか?』
「……っ!?」
織、というのは紫織のH.N.だ。
だが、サイトでは高校生という事は明かしていない。
『今日、高校の図書室で手帳サイズのノートを拾いました。その内容が、織さんのサイトで公開されている小説の内容と全く同じだったんです。もしも心当たりがあれば、放課後屋上で待っています』
「……」
紫織は複雑な気分になった。
一目見て自分のサイトの小説だと分かって貰えたのは嬉しい。
だが、同じ高校に自分の小説を読んでいる人がいる、というのは恥ずかしい。
コレは取りに行くべきだろうか?
一応、今後UPする予定の小説の細かい設定なども書いてあるものだ。
無いと困る。
だが、そうすると自分が“織”だという事がバレてしまう。
隠れ趣味を隠し通す事が出来なくなるかもしれない。
そうして悩みに悩んだ結果、紫織はノートを受け取りに行く事にした。
次の日の放課後。
屋上に行くと、誰もいなかった。
まだ来てないのかな、と暫くその場で待っていると、屋上の扉が開く音がした。
そうしてそこに現れたのは。
「清水……先生?」
体育教師の清水武広だった。
爽やかでカッコいいと女生徒から人気のある先生。
「納多?何してるんだ、こんな所で」
だが、図書室とはあまり関わりのなさそうな人物。
しかも、恋愛小説を読むというイメージからはあまりにもかけ離れている。
まさか先生が拾っているハズはないだろう。
そう判断して、紫織はアレコレ聞かれる前に立ち去る事にした。
「いえ、ちょっと風に当たりたかったので。先生、さようなら」
そうしてそそくさと屋上の扉に手をかける。
「……ノートはいいのか?納多紫織……いや、織さん?」
「!」
その言葉に紫織は慌てて振り返る。
すると、武広の手には、確かに紫織のノートがあった。
「……っ返して下さい!」
「……まるで俺が盗ったみたいな言い方だな。ま、いいや。いつも放課後に図書室で何か書いてると思ったら……まさかお前が織さんだとは思わなかったよ」
さも当然のように“織”の名前が出て、しかもその口ぶりは“織”をよく知っているというようなものだ。
「……先生って恋愛小説とか読むんですか……?」
「悪いか?」
そう即答され、紫織は頭を抱えたくなった。
あまりにも普段のイメージからかけ離れている……!
紫織も内心、ちょっといいな、と思っている人物だった為、そのショックは大きい。
「お前なぁ。俺が恋愛小説読んじゃいけないのか?ちょっとは『自分のサイトのファンに逢えて嬉しい!』とか思わないワケ?」
「いえ……そもそも本自体あまり読まなさそうなタイプに見えるのに、それが恋愛小説好きっていうのが……」
紫織の言葉に、武広は「偏見だー」と抗議する。
「……それより、さ」
「?」
急に真面目な顔になった武広に、紫織は首を傾げる。
「やっぱお前もこういう『生徒×先生』って恋愛、してみたいのか?」
「え……」
突然言われた言葉に、紫織は固まる。
紫織のサイトは『生徒×先生』という話が多い。
だからといって、今それを聞かれても……。
紫織が何も言わないでいると、武広が更に続ける。
「何なら俺と、小説みたいな恋愛、してみないか?」
それは、小説みたいな恋の始まり――。
=Fin=