≪小説みたいな恋愛を≫


 緑星高校体育教師の清水武広は、爽やかでカッコイイと女子生徒から人気のある先生だ。
 だが、彼には他人には内緒にしている事がある。
 といっても、過去、“イメージじゃない”と皆に口々に言われたので、話すのをやめただけなのだが。

 恋愛小説が大好きだという事を。


 書店でも恋愛小説は買うが、ネット上にはより多くの恋愛小説が溢れている。
 その中には、実際に本を出したら売れるんじゃないか、と思うような物もあって、しかもそれがタダでお手軽に読める。
 それに、サイト同士は相互リンクで繋がっていたり、検索サイトなんかもある。
 だから、恋愛小説のサイト巡りは武広の趣味であり日課だった。

 そんな武広には最近お気に入りのサイトがあった。
 “織”という人物が開いている恋愛小説サイト。
 シチュエーションは『先生×生徒』というものが多く、実際に教師をしている武広にとってそれは、日常の中の、非日常な世界だった。

「先生と生徒の恋愛なんて……実際にはないんだけどなぁ……」
 そういいながらもついつい読んでしまうのには訳がある。
 武広自身が現在、自分の生徒に対して抱いてはいけない感情を抱いてしまっているから。


 武広が顧問しているサッカー部は、いつもグラウンドで練習をしている。
 そこからは一階にある図書室がよく見えるのだが。
 放課後、いつもそこに現れる生徒がいた。

 納多紫織。
 彼女はいつも図書室に来ると、いつも調べ物をしながら、何かを一生懸命書いている。
 楽しそうな表情で、時々考え事をしながら。

 最初は、特に気にも留めなかった。
 初めてそれを見た時は、意外と勉強熱心なんだなと思って。
 だけどそれが何日も続くと、気になってきて。
「……今日も来た」
 いつの間にか、図書室に来る彼女を眺めるのが日課になっていた。

 よくよく見ていると、図書室に来た紫織はまず、鞄から手帳サイズの小さいノートを出して何かを書く。
 そうして途中で手を止めて、考える素振りをすると、徐に立ち上がって本を探しに行く。
 本を手に戻ってくると、パラパラとページを捲って数ページを読み、納得した表情で嬉しそうにまた続きを書き始める。

 それを見ていて、どうやら勉強している訳じゃないんだな、と思った。
 では彼女は一体何をしているんだろうか?
 それが気になった。


 “織”のサイトを見つけたのはそんな時だ。
 紫織の“織”に、『先生×生徒』というシチュエーション。
 すぐにそれらに惹かれて小説を読み進めて、文章にも惹かれた。


 ある時、いつものようにグラウンドから図書室にいる紫織を見ている時だった。
「……あ。ノート落とした」
 だが紫織は、そのまま気付かずに図書室を出て行って。
 武広はすぐに図書室の窓の所まで行って、中に声を掛ける。
「おーい、図書委員」
「清水先生。どうしたんです、窓から」
「その辺にノート落ちてないか?手帳サイズの」
「……ありました。でも、何で?」
 武広が言った通りノートが落ちていて、図書委員は怪訝そうな顔をする。
「丁度落としたトコ見たんだよ。俺から返しとくから」
「じゃあお願いします」
 そうしてノートを受け取って、少しだけ紫織に近付く口実が出来て嬉しかった。
 本当はそんな事、思ってはいけないのだけれど。

 そうしてふと武広は思った。
 この中には、何が書いてあるんだろう、と。

 一度そう思ったら気になった。
 それは武広の知りたい事の一つだったから。
 でも、これは紫織のプライバシーだ。
 教師である自分が、勝手に見ていいものじゃない。
 それでも。
 ちょっとだけなら……という誘惑に、勝てなかった。

「……これって」
 最初のページを捲ったそこには、見覚えのある文章。
「……嘘だろ。紫織が、“織”さん……?」
 それが信じられなくて、次のページを捲って確信した。
「こんな偶然アリか……?」
 自分の好きな子と、自分がお気に入りの小説を書いてる子が、一緒だったなんて。

 いてもたってもいられなくなって、サイトからメールをした。
 『織さんは、緑星高校の生徒ですか?』
 と。
 『心当たりがあれば、放課後屋上で待っています』と書き添え、次の日の放課後、屋上へ向かう。

 すると、紫織はそこにいた。
 それがもう嬉しくて、でも少し意地悪したくなって、「何してるんだ?」と声を掛ける。
 だが、予想に反して紫織は屋上を去ろうとし、武広は慌ててノートの事を持ち出す。
 すると紫織は動揺し、武広は拾った経緯を簡単に説明して、ついでに自分が“織”のファンだという事も言う。
 だが。

「……先生って恋愛小説とか読むんですか……?」

 ある意味予測していた答えが返ってきて、ちょっとだけ傷付いた。
「お前なぁ。俺が恋愛小説読んじゃいけないのか?ちょっとは『自分のサイトのファンに逢えて嬉しい!』とか思わないワケ?」
「いえ……そもそも本自体あまり読まなさそうなタイプに見えるのに、それが恋愛小説好きっていうのが……」
「うっわ、それって偏見だー。俺、恋愛小説大好きなんだけどなー」
 そう言いつつも、聞いてみたい事があった。

「……それより、さ」
「?」
 首を傾げる紫織に、武広は真面目な顔で言う。

「やっぱお前もこういう『生徒×先生』って恋愛、してみたいのか?」

「え……」
 突然の言葉に、紫織は固まっている。

 紫織が“織”だと分かって、どうしても聞いてみたかった事。
 紫織のサイトは『生徒×先生』という話が多い。
 だから、もしかしたら望みはあるのかもしれない。
 本当は教師としてあるまじき事だが、言わずにはいられなかった。

「何なら俺と、小説みたいな恋愛、してみないか?」

 この恋は、小説みたいな展開だから。
 小説みたいにもう始まっている、そんな予感がする。



=Fin=