七月七日は七夕の日だ。
 昔から、願い事を書いた短冊を笹につけると、成就すると言われている。
 だけど。
 自分の願いは、もう叶いそうにない。


≪星に願いを≫


 美夜は部屋の中に飾ってある、小さな笹の枝に付けた短冊を見て溜息を吐く。
 その短冊に込められた願いは、この五年間、全く変わってはいなかった。

『ライにもう一度逢えますように』

「もう五年……」
 五年前、家を飛び出してライに出会ったのは偶然だった。

 行く当てもなくて、でも帰りたくもなくて。
 街を彷徨っている時に聞こえてきた歌声。
 ずっとそれを聞いていたくて、道端にしゃがみ込んで、膝を抱えて聞いていた。
 だけどその内雨が降ってきて。
 音が止まった。
 楽器が濡れるとよくないから、と言ってその人は片付けを始めて。
 でも、行く当てもなかった美夜は、途方に暮れてその場から動けなかった。
 そんな時、片付けを終えたその人が手を差し伸べてくれた。
 その人がライ。

 ライは、何も聞かずに家に置いてくれた。
 歌が聞きたいと言えば、聞かせてくれた。
 だから美夜も、自分に出来る範囲の事はした。
 掃除、洗濯、料理。
 どれも満足には出来なかったが、ライに教えてもらいながらちょっとずつ上達はしていった。

 だけど。
 すぐに見つかって、連れ戻されてしまった。

 たった数週間の生活。
 でも、宝物のようなひと時。

「ライ……どこに行ってしまったの……?」

 家に連れ戻されてたった数日の内に、ライの消息は掴めなくなってしまっていた。


「美夜。今度、正式に貴女の婚約が決まったわ」
「……わかりました」
 ある日の夕食の席で母親からそう告げられて、ついにこの日が来てしまったと、美夜は愕然とした。

 ずっと前から決まっていた自分の婚約話。
 それが正式に決まれば、自分はもう籠の中の鳥と一緒だ。
 この五年間、人を使ってライを探させているが、婚約が決まればもうそれも出来なくなる。
 誰だって、婚約者が自分以外の男に感心を持っていると知れば、いい気はしないだろうから。


 部屋に戻って、短冊を見て。
 悲しくなった美夜はベランダに出る。
「織姫と彦星は、離れ離れでも一年に一度、必ず逢えるから……」
 天の川に橋が掛かって、逢いたいと願う人に逢いに行ける。
 雨が降っても、無数のカササギが橋となってくれる。

「ライ……もう一度、逢いたい……」
 美夜は夜空を見上げながら、そう呟いた。


=Fin=