それは、毅が所用で別の部署にお使いに行った帰りだった。
 丁度、エレベーターの前に冴がいて。
 だけど彼女は一人じゃなかった。
 冴の隣には、毅の知らない男がいて。
 楽しそうに、話をしていた。


≪過去のモノ≫


 自分の机に戻った毅は、仕事を再開させながら内心では不貞腐れていた。

 冴さんの隣にいた男は誰だろう?
 そりゃあ、ココは会社なんだし?同期とか先輩とか、俺が知らないだけでそういう繋がりはあるんだろう。
 だけど。
 だからって。
 何であんなに楽しそうだったんだ!?
 冴さんのあんな笑顔、向けられた事ないんですけど、俺。
 相手の男は三十代前半ぐらいの、いかにも仕事が出来ますっていう感じで。
 どう考えたって、自分より相手の方が冴さんと年が近い。
 やっぱり、年下でしかも6つも離れてるっていうのは、不利なのか……。

 そんな事を考えながら仕事をしていると、どうやら顔に出ていたらしい。
「有藤君。書類に何か問題でもあったの?難しい顔をしているけど……」
 いつの間にか席に戻ってきていた冴に心配されてしまった。
「あ、いえ……何でもありません」
 毅がそう言うと、冴は「そう」と言ってまた仕事に戻った。
 そのいつもと変わらない態度を見て、毅はこっそりと溜息を吐いた。


 その日は前から一緒に食事に行く約束をしていたので、終業後に会社の外で待ち合わせて。
 だが毅は、待ち合わせの時も食事中も、ずっと難しい顔をしていた。
「……もう、今日は本当にどうしたの?何かあった?」
 呆れ口調で、でもどこか心配している雰囲気で冴に聞かれ、毅は迷ったが正直に口にする事にした。
 このまま一人で考えていても仕方のない事だ。

「冴さん。今日一緒にいた男、誰ですか?」

 だが冴は首を傾げる。
「一緒にいた男……?」
「エレベーターの前で……楽しそうに話してたじゃないですか」
 不貞腐れたように毅がそう言うと、冴はその人物に思い当たったのだろう。
 納得したように頷くと、クスクスと笑い始めた。
「何?もしかして毅君、ヤキモチ妬いたの?」
 その言葉に毅はムッとする。
「……冴さん。笑い事じゃないです。俺の事、怒らせたいんですか……?」
 そう言う毅の目は据わっていて、冴は笑いを引っ込めた。
「……あの人は、私の先輩。入社してから数年、色々と仕事を教えてもらった人」
 その言葉に毅はいくらか安堵するが、それでもまだ機嫌は直らない。
「何で……あんなに笑顔だったんですか?」
「そりゃあ……尊敬してたし、お世話になった人だからよ」
「……もしかして、好きでした?」
 少しだけ言いにくそうにそう言う毅に、冴は当時を思い出すように眼を細めながら言う。
「さぁ……どうだったかしら?もしかしたら、好きだったのかもしれないし、ただの憧れだけかもしれない」
 冴のその言葉に、毅は苦虫を噛み潰したような表情をする。

「……でもね?それはもう過去の事。今の私には、毅君がいるから」

 そう言って、冴にしては珍しくはにかんだ笑顔を浮べるのを見て、毅は驚きに目を瞠った。
 だが、すぐに嬉しそうな笑顔を浮べる。
「俺も、冴さん一筋ですよ」
 そう言って。


 年が離れているのだから、相手に自分の知らない過去や人間関係があるのは当たり前だ。
 だけど、大切なのは今だから。
 過去に囚われて、今を見失う事のないように。
 想いはキチンと、言葉に乗せて。


=Fin=