≪楽しみなモノ≫
冴がそれを見つけたのは、11月の始め。
「……何かしら、この印」
毅の家のカレンダーの11月の第3木曜日に丸印が付いていたのだ。
「何かあったかしら……?」
11月の中旬なんて、特にコレといったイベントなんてないハズ。
毅の誕生日でもないし、勿論自分の誕生日でもない。
何かの記念日という訳でもないし……。
それが何の日か考えていると、毅に声を掛けられた。
「冴さん、どうかしましたか?」
「ううん、別に」
と、その日は特に聞かなかったのだが。
「……あの印の日、何の日かしら……」
印の日が近付くにつれ、冴は段々と気になり始めた。
仕事中でも、ふと気付けばその事を考えていて。
わざわざカレンダーに印を付けるという事は。
その日が何か特別な日という事で。
でも心当たりは全くないし、少なくとも自分に関係のある日でない事は確かだ。
そうなると、毅の個人的な予定という事で。
誰かの命日、法要……それとも結婚式。
だけどその日は平日だし、毅が有給を使って休む予定もない。
という事は、あと考えられるのは……。
「ご家族の誕生日?でも、それこそわざわざ印を付ける男性っているのかしら?」
そこまでいくと、どうしても考えたくない答えに行き着いてしまう。
「……他の女性……でも、毅君に限ってそんな、事……」
否定はしてみるものの、100%ないとは言い切れない。
歳の差6つ。
上司と部下。
会社のお局様と、人気の若手社員。
それら諸々の事を考えたら、いくら好きだと言われていても、やっぱりこういう時に自信が持てない。
本当は本人にズバッと聞けたらいいんだけれど……。
そんな時。
「紀平先輩。この書類、確認お願いします」
「ああ、はい」
毅に書類を渡され、頭を仕事に切り替える。
いけない。しっかりしなくちゃ。
仕事中なんだから、そんな事考えている場合じゃない。
そう思って書類に目を通すと、メモが挟んであって。
プライベートな用事があるのならメールすればいいのに、毅はよく仕事中にこういう事をする。
その事に、もう、と思いつつメモを見ると。
「!?」
他でもない、印の付けてあった日の予定を聞いてくるものだった。
訳も分からず、大丈夫と返事を返して。
そうして当日。
「ね、ねぇ。今日って何かある日?」
「ええ、勿論。どうしてですか?」
「あの……毅君の家のカレンダーに、印が付けてあったから」
「そりゃあ、毎年この日を楽しみにしてますから!」
本当に嬉しそうな表情に、だが冴はやっぱり何の日か分からない。
「……今日って、何があるの?」
するとその答えは、実に毅らしいものだった。
「何って、ボジョレーの解禁日に決まってるじゃないですか!」
「……あー……成程……」
お酒なんてわざわざ買ってきてまで家で飲まない冴にとって、それは盲点だった。
確かに毎年、テレビのニュースでやっているけれど……。
「本当は午前0時の解禁に合わせて買おうかなとかって思ってたんですけどね。今年は当たり年みたいだし、冴さんと一緒に飲みたいなって思って。ほら、先に買っちゃうと飲みたくなるじゃないですか。だからお店で予約してあるんですよ」
そのはしゃぎっぷりに、冴は思わず笑ってしまう。
「ふふっ。毅君らしいわね」
人によって、特別な日なんて様々な理由があって。
大抵それは、その人にとって楽しみな日なのだ。
そうしてそれは、大切な人と過ごしたい日だから。
印を付けるのは、それを忘れない為。
=Fin=