冴さんは可愛い。
 年上で、しっかりしてて。
 社内ではお局様なんて呼ばれてたりするけど。

 俺からしてみれば、冴さんは可愛い以外の何者でもない。


≪可愛いモノ≫


 朝の出社時間。
 毅は自分の部署に入ると、まず真っ先に冴の姿を探す。
 まぁ、その前から大体他の女性社員に捕まるのだが。
 他の人と適当に挨拶を交わしながら、毅は冴の方を見る。
 すると冴は、何気ない風を装いながらも、時々チラッと視線を向けてきていて。

 ああ。やっぱり朝から可愛いなぁ、冴さん。
 声掛けたくても掛けれない、なんて、初恋の中学生みたいな反応しちゃって。

 その事に、ニヤつきそうになる口元を何とか押さえ、冴の元へと行く。
「おはようございます、紀平先輩」
「おはよう、有藤君」
 周りに関係を隠している間柄、苗字で挨拶を済まして。
 けれど毅は冴の僅かな変化すら見落とさない。

 いつも素っ気無い挨拶だけど、冴さん、目元がほんの一瞬だけ柔らかくなるんだよなぁ。

 それにしても、と毅は冴の顔を見ながら思う。

 ……あーあ。周りにいる他の女性社員も、冴さんを見習って欲しいモンだね。
 俺にモーション掛けてくる人達は、皆自己主張が強すぎて。
 実は一斉に来られると、混ざり合った化粧品やら香水やらの匂いで、鼻が曲がりそうになるんだよな。
 それにやっぱり女の人は、華美な化粧より控えめな方が可愛らしいと思う。

 冴は基本、いつもナチュラルメイクで。
 それは毅にとって、とても好ましいものだ。
 まぁ、冴ならスッピンでも十分可愛いと毅は思っているが。

 そんな事を思いながら、ジッと冴を見つめてしまっていたらしい。
「有藤君、どうかしたの?」
 怪訝そうにそう言う冴の声に、毅はハッと我に返る。
「あ、いや……紀平先輩の化粧って、地味ですよね」
 思わずそう言うと、途端に周りからはクスクスと控え目な笑い声が漏れる。
 すると冴は一瞬だけシュンとして。
「……仕事に支障はないわ」
 そう言って、すぐにムッとした表情になる。

 シュンとした表情は慰めたくなるし、少しむくれた表情は拗ねてるようで可愛い。

 そう思った所で、毅は後でフォローを入れておこうと思った。


 業務が始まると、毅は時々こっそりと冴を見る。
 冴は当然、仕事を真面目にやっていて。
 視線が合う事なんて殆どないのが、毅にとっては寂しい所だが。

 あ、冴さん、今絶対パソコンの打ち込みミスした。

 冴は見てると時々、キーボードを打っていた手が不自然に止まって、一瞬だけ泣きそうな表情になる時がある。
 その一瞬を初めて見た時、毅は正直ドキッとしたのを憶えている。
 普段のキリッとした表情からは考えられない、そのギャップに。
 だから今では、その場面を見れた日はラッキーだと思う。

 本当、冴さんって可愛いよなぁ。
 仕事中はまぁ、カッコイイって感じだけど。
 何かミスしても媚びるような態度は取らないし。
 よくある、「あ〜ん、すいませ〜ん。間違えちゃいましたぁ」なんて、ワザとらし過ぎるだろ。
 俺が上司なら、そんな全く反省が見られないような謝罪、受けないね。
 そんなのよりも、冴さんの方がよっぽど好感持てるよ。

 そんな事を思いながら、毅は冴に持って行く書類を仕上げると、メモ書きを挟んで持って行く。
 メモの内容は当然、朝のフォローで。
『地味だけど、冴さんの化粧が一番好きですよ』
 そんな内容にして。
「紀平先輩。書類チェックお願いします」
「ああ、はい」
 席に戻って、毅はこっそりと冴の様子を伺う。

 冴さんの反応は〜っと。
 あ、メモに気付いた。
 ……あ、あれは嬉しいのを堪えてる表情だ。
 そういうトコもいいんだよなぁ、冴さん。

 ……とまぁ、他にも色々と毅は冴の行動を逐一可愛いと思っているのだが。
 プライベートの比ではないだろう。


 プライベートでは、遠慮する事などないに等しいのだから、毅は思う存分冴を愛でる。
 例えば冴は、虫が苦手なのか、小さい虫とか見ると、ビクッと肩を震わせる。
 そういうのを見ると、普段とのギャップに可愛いと思うし。
 意外に料理は上手なトコとか、自分だけに見せる、ちょっと照れたようなはにかんだ笑みはもう、可愛い以外の何者でもないと思う。
 で。
 それを実際に口に出すと、恥ずかしそうに照れるのがまた可愛い。

「もー冴さんって本当に可愛いですよね」
「っ……6つも年上捕まえて、何言ってるのよ……」
「だから、そういう照れた所が可愛いんですってば」


 惚れた欲目かもしれないけれど。
 可愛いモノは可愛い。
 だから絶対に、手放せない。


=Fin=