冴さんは可愛い。
 俺より6つも年上だけど。
 会社の女の子達からは“お局様”とか言われてるけど。


≪手離せないモノ≫


 そもそもウチの会社にいる女子社員達は、結婚までの腰掛けにすぎないからと、真面目に仕事に取り組んでいない。
 新入社員の俺にも分かるくらいだから、相当なモンだろう。
 そんな中で、冴さんだけは真面目に仕事に取り組んでいる。
 だから“お局様”とか言われるんだろう。
 ……でも真面目に仕事するのが普通だと思うんだけど。

 そんな冴さんに惚れて、ゆっくり話がしてみたくて、嘘ついて一緒に残業して。
 話してみたら考え方とかもスゲーしっかりしてて、カッコよくて。
 思わず惚れ直した。
 だから、告白してその返事を待ってるんだけど。

 冴さんが一向にOKしてくれない。

 というか。
 冴さんが冷たい。
 仕事中に聞くと怒られるから、仕事終わってからいつも待ってるんだけど。

 気付くと冴さん、いつもいつの間にか帰っちゃってるんだもんー!

 だから仕事中にこそっと聞くのに。やっぱり答えてくれないし。
 冴さん俺の事、嫌いなのかなぁ……?


 そんな事を思いながら毅は、今日こそは!と冴の行動に注意する。
 終業時間になって皆が帰り支度を始めると、毅は毎回色んな女子社員に食事や飲みに誘われる。
 それをかわしつつ、冴の様子をちらちら見ると。

 ……あれ?

 冴は帰り支度をしながら、自分の方を見ていて。
 暫くそうしていたかと思うと、諦めたような表情をして帰って行った。

 まさか。
 もしかして、今の自分のこの状況のせいで、冴さんが返事できないとか?
 女の子に囲まれてて、近付けないから?
 もしそうなら、期待していいって事?
 いや、元より諦めるつもりもないけど。

 そう考えた毅は、次の日早速行動に移す事にした。


「紀平せんぱーい。指示された書類出来ましたー。チェックお願いしまーす」
「ああ、はい」
 書類を冴に渡して、毅は自分の席に戻るとこっそり様子を覗いながらほくそ笑む。
「冴さん、気付くかな」
 そう呟いて見ていると、途中で冴の表情が少しだけ変わった。
 そうしてこちらを見たので、にっこりと微笑んでやる。

 毅は書類の間に、冴に宛てたメッセージを書いたメモを挟んでおいたのだ。
 その内容は、“この間の居酒屋で待ち合わせ”。
 メモには気付いたようだし、後は彼女が来てくれるかどうかだけだ。


 終業時刻になって、女子社員からの誘いをいつものように片っ端から断って、毅は居酒屋へ急ぐ。
 果たしてそこに、冴はいた。
 その事に安堵して、毅は傍に行く。
「冴さん。待ちました?」
「わっ……びっくりした。急に声掛けないでよ」
「……もしかして、緊張してます?」
「だ、誰が!」
 その慌てように、実は物凄く緊張していたんだな、と思う。
「そ、それより何?わざわざあんなメモ使って呼び出して……」
「何って事はないでしょ。いつも話しかけたそうに俺の事見てたくせに」
「なっ……!」
 指摘すると途端に真っ赤になる冴に、毅はニコニコと微笑む。
「冴さん、可愛いー」
「もうっ……からかわないで……」
 その様子を暫くニコニコと見ていた毅だったが、急に真剣な表情になる。
「……で、冴さん。俺の事、まだ好きになりませんか?」
 もう何度となく聞いた事。
 それでも、聞かずにはいられなかった。

 暫く沈黙が続いて、冴がようやく口を開く。

「っ……あの……毅、君……」

 それを聞いて、毅は体の動き全てを止めた。
 呼吸さえも。
 そうしていきなり冴を抱き締める。
「ぃ……やったー!冴さん大好き、愛してる!」
「ちょ、ちょっと!?」
「OKですよね?OKって事でいいんですよね!?」
 突然抱き締められて戸惑う冴に、毅は満面の笑みだ。
「やったぁ……やっと冴さんがOKしてくれたー……」
「大袈裟ね」
 クスリと笑ってそう言う冴に、毅は真剣に言う。
「大袈裟なんかじゃないって。だって俺、もしかしたら冴さんに嫌われてるかも、って不安だったんですから」
「毅、君……」
「冴さんとはこの間飲みに行った一回きりで。アドレスとか交換してなかったから、ちょっと後悔してて」

 本当は交換したかったけど。
 それは付き合うようになってから、と考えて、あえてしなかったから。

「冴さん、アドレス交換しましょう。そうしたらいつでも待ち合わせできます」
「う、うん」
「冴さん的には、周りには内緒にしたいんでしょう?俺はどっちでもいいですけど」
「……ごめんね?」
「平気ですよ。それよりも、冴さんが俺と付き合う事で嫌がらせ受けて、そのせいで破局って方が嫌ですから」
 毅の言葉に、冴は苦笑する。
「覚悟してて下さいね?俺、冴さんの事かなり独占しますから」
「またそんな事言って……」
「本当ですよ。それに俺、女子社員の方達のお誘い、毎回全部断ってるんですからね?」
「そう、なの……?」
「はい」
 お誘いを全部断っているという事が余程意外だったのか、戸惑う冴に毅は言う。

「俺はもう、冴さんしか見えてませんから」

 すると冴は首の辺りまで真っ赤になって。
 俯きながらそれでも小さな声で返事をした。
「はい……」
 そうして毅はもう一度、今度はしっかりと抱き締めた。


 ようやく手に入れた。
 だからもう絶対、手離さない。


=Fin=