私と毅君は6歳違い。
 だけど、どうしても相手に振り回されてる気がする。


≪勝てないモノ≫


 毅と付き合い始めてから、冴には困った事がある。
 それは勿論、毅の行動だ。
 毅に仕事を教えているのは冴なのだから、自然、二人きりになる事も当然あって。
 そういう時が一番困る。


 例えば、会社の資料室に二人で資料を探しに来た時。
「資料はちゃんと整頓されてるから、必要な物は順番に見ていけば……」
「冴さん」
 資料室について説明している時に、後ろから突然抱き締められた。
「ちょ……!誰かに見つかったら……」
「大丈夫ですよ。鍵も掛けたし」
「……それだと余計に勘繰られると思う」
 だが毅は離れない。
「ずっと冴さんに触れたいの、我慢してたんですよ?少しくらいいいじゃないっすかー」
 そう言いながら擦り寄る様は、犬みたいだと冴は思う。
 だけど犬と違うのは。
「もう、離しなさ……っん……」
 腰砕けになってしまうような、深いキスをしてくる事。
「……冴さん……今夜食事、行きましょうね」
 冴の耳元で囁くようにそう言う毅の声は楽しそうで。
 力の入らない体を支えてもらっている冴は、もう頷くしかない。


 他には、会社の休憩時間。
 他の人が全員休憩を取った後だと、休憩所には誰も来ないから。
 そういう所でも、ちょこちょこと手を出してくるから始末に悪い。

 ……確かに、周りにバレたくないっていうのは私の我侭だけど。
 でもその理由も毅は理解してるハズなのに。
 何だか、凄く振り回されてる気がする。

 だから、いっその事こっちが振り回してやろうと思った。

 会社業務に支障をきたさない範囲で、ささやかな抵抗。
 例えば、資料室とか休憩室とか、二人きりになる可能性の大きい場所にはもうなるべく行かないとか。
 ……それくらいしか出来ないけど。


 でも、相手の方が一枚上手だった。
「せんぱーい。言われた資料が見つからないんですけど、一緒に探してもらえませんか?」
 そんな事を言われてしまえば、無視する事も出来なくて。
「……分かったわ」
 付いて行かざるをえない。

 もしココで無視したら、上司から何言われるか分かんないし。
 他の女子社員からは、睨まれてしまう。


 案の定、資料室に入った途端、鍵の掛かる音がして。
「冴さん」
 冴は毅に抱き締められる。
「全く、冴さんは……会社で二人きりになれる機会なんてそうそうないんですよ?」
「だ、だからじゃない」
「分かってないなぁ……このスリルが楽しいんじゃないですか」
「……私は楽しくない……」
 その言葉に、毅はクスリと笑う。
「ねぇ、冴さん?」
「な、何……?」
 毅の言葉の響きに何かよからぬモノを感じて、冴は口元を引きつらせた。

「俺から逃げたり隠れようとするなんて、無駄ですよ」

 その言葉と共に唇は塞がれ、言葉も思考も抵抗も、全て絡め取られて奪い尽くされてしまう。
「……冴さん。もう抵抗なんかしないで、素直に俺の事だけ考えてて下さい」
 目を細めて、心底楽しそうに微笑う毅に、冴はそれでも僅かばかりの抵抗をする。
「でも……やっぱり仕事とプライベートの区別は」
「つけてますよ?但し、冴さんと違って俺の場合、周りに人がいるか・いないかでの区別になりますけどね」
「だけど……」
「冴さん?それ以上言うと、実力行使で黙らせますよ?」
「……遠慮しとくわ」
 冴がそう言うと、毅は満足そうに笑った。


 年下に振り回されるのは、何だか釈然としないモノがあるけど。
 ……勝てないモノは、仕方ない。


=Fin=