≪好きなモノ≫
付き合い始めて数週間後のとある休日。
「冴さん、こっちですよ」
「ごめん、待った?」
二人はようやく初デートをする事になった。
「まだ時間前ですから。大丈夫ですよ」
「……貴方、どれくらい前に来たの?」
「ついさっきですよ?さ、行きましょう。まずは映画ですけど、いいですか?」
「ええ」
質問をさらっと流してエスコートする毅に、冴は苦笑する。
私、約束の十分前に来たんだけど、ね。
本当にいつ来たのかしら?
映画館に着くと、早速チケットを買って席へと行く。
するとそこは、最近よく聞く“カップルシート”になっていて。
取り敢えず席に座った冴は、だがそわそわと落ち着きがない。
「……毅君」
「何ですか?あ、冴さん、飲み物どーぞ」
「ありがと……じゃなくてっ……これ、カップルシート、よね」
「何言ってるんですか。当然でしょう?」
不思議そうに首を傾げる毅に、冴は薄っすらと頬を染めて言う。
「あ、の……恥ずかしいって言ったら、どうする?」
その言葉に毅は一瞬キョトンとする。
「……普通の席の方がよかったですか?」
苦笑しながら言われた言葉に、冴はさらに頬を染める。
「だって、しょうがないじゃない。彼氏と映画なんて、久し振りなんだから」
「何年前の話ですか?」
「っいいじゃない、別に」
つーんとそっぽを向く冴に、毅はクスクスと笑う。
「冴さん可愛い」
そうして冴の手を取ると、その手の甲に口付けた。
「……そういう事は公共の場でするものじゃないと思うけど」
「唇にされたかったですか?」
「……いえ」
それこそ恥ずかしいんだけど。
映画が終わると、近くのカフェでランチにする。
「ここのパスタおいしい。よくこんなお店知ってたわね?」
「ええ、まぁ。冴さん、パスタ系好きでしょ?だから気に入るかなって」
「勿論。ここだったら何度も来たいわ」
毅の言う通りパスタ系が好きな冴は、メニューを選ぶ時も迷ったので、出来れば何度も足を運んで色々な種類を食べてみたいと思った。
食後に紅茶を飲みながらゆっくりしていると、毅が口を開く。
「ディナーもやってるんで、今度は会社終わった後に来ましょうね」
「でも、そうするとビールは飲めないんじゃない?」
その言葉に、こういったお店で出されるのは大抵ワインだろう、と思って聞いてみる。
「ワインも好きですよ?てか、酒全般、大好きですから」
ニッと笑う毅に、冴はクスッと笑う。
「そこまで言い切るなんて、いっそ清々しいわね」
「俺の好きなモノは冴さんと酒ですから」
さらっとそう言う毅に、冴はドキッとするが、同時に意地悪を言ってみたくなる。
「……あら、私はお酒と同類かしら?」
「いいえ?勿論、酒よりも遥かに冴さんの方が大切だし、冴さんが禁酒しろって言うならスッパリ止めますけど?」
だがあっさりとそう返され、しかも思ってもみなかった答えに、冴は自分の顔が赤く染まっていくのが分かった。
体が熱い。
きっと全身真っ赤だ。
こんな風に切り返してくるなんて……ずるい。
「冴さんの好きなモノはなんですか?」
頬に手を添えて、憂いを含んだ笑みを浮かべてそう聞いてくる毅に、冴はやっぱり敵わないと思った。
「毅、君……」
視線だけを逸らしてそう言うと、毅はニッコリと微笑んで言った。
「さ、デートの続きをしましょうか?」
暫く、冴が大人しかったのは言うまでもない。
=Fin=