今度の休日に、冴がどうしても行きたい所があると言ったので、毅はどこだろうと考える。
だけど、深くは考えなかった。
冴が行きたいと願うなら、例え何があっても連れて行くのだから。
まさかそれが、毅にとって都合の悪い所に行くとも知らずに。
≪苦手なモノ≫
休日、冴に先導される形で毅が連れられてきたのは、意外な事に野球ドームだった。
だが今の時期はまだプロ野球は開幕されていない。だから何かのイベントが行われているのだろう。
考えられるのは、コンサート、展示会……フリーマーケットという線もある。
そう思いながら周りを見ると、何だか家族連れが多かった。
「……?」
流石に家族連れでコンサートの線は薄いだろう。
そうして不意に見つけた看板に、毅の目は釘付けになった。
「毅君、どうかした?」
そう聞く冴は、これから行く場所が余程楽しみなのか、浮き浮きした様子だ。
「……何でもありませんよ。行きましょうか」
「ええ」
流石に今の心情を知られるのは不味いし、格好悪いと思って、毅は笑みを浮かべる。
だが、内心ではかなり焦っていた。
現在ドームで行われているイベントというのは、様々な犬や猫と触れ合える、という催しだった。
その他にもドックショーや、飼い主参加型のイベントも盛り沢山で、会場はかなり賑わっている。
ペットを飼っていない冴のお目当ては、もっぱら触れ合いコーナーだったが。
「わぁっ、カワイイ〜!」
冴は自分の足元にじゃれ付いてきた犬を抱き上げて、先程からご満悦だ。
反対に、毅はかなり不機嫌だ。
そこのクソ犬。俺の冴さんに触れるな、じゃれるな、顔を舐めるなーーーっ!
「ほら、毅君も触ってみる?」
だが流石に犬相手に嫉妬していると知られたら笑われるだろうと思って我慢する。
「ええ、カワイイですね」
大体、冴さんも犬に気を許しすぎだ。
その唇に触れていいのは俺だけ。後でちゃんと俺のキスで消毒しておこう。
暫く犬と触れ合って満足したのか、冴は今度は猫と触れ合えるコーナーに行く。
だが。
猫との触れ合いコーナーの入り口で毅が突然足を止めた。
「毅君?どうかした?」
冴は怪訝そうに聞くが、毅のその表情は心なしか青ざめているようだった。
「いえ……俺はここにいますから。できればお一人で……」
「……もしかして、猫アレルギーとか?」
「いや、そういう訳じゃ……」
そこまで言って、毅はしまったと思った。
猫アレルギーという事にしておけば、余計な勘繰りはされなかったのに。
「…………猫、苦手なの?」
そのものズバリ、確信を突かれて毅は視線を逸らす。
そう、毅にとって猫は、天敵といっても過言ではない。
だけど。
「猫は何考えてるか分からないから嫌いなんですよ」
毅は一応そう取り繕って言っておく。
流石に、怖いから、とは言えない。
と、その時。
触れ合いコーナーから一匹の猫が脱走して来た。
その猫は丁度、毅に飛び掛るように走ってきて。
「うわーーーっ!!!」
毅は思い切り叫んでその場に蹲ってしまった。
そうしてハッと我に返った毅は、恐る恐る冴の方を見る。
すると冴は唖然としていた。
「さ、え……さん?」
毅が気不味そうに声を掛けると、冴はハッと我に返り、慌てて“何も見ていない”というように取り繕うとする。
「あ、えっと、お、お腹空かない?何か食べに行きましょう。それがいいわ、うん」
「……冴さん」
そんな冴に、毅は苦笑する。
どうせもうバレてしまったのだ。わざわざ気を使って貰うのも気が引ける。
「……えっと。聞いた方がいい……?」
「昔、野良猫に顔を思い切り引っ掛かれて、それ以来猫を見るとその時の痛みが思い起こされて、怖いんです。顔に傷が残らなかっただけ、まだマシですけどね」
「そっか……じゃあ、わんちゃんとの触れ合いコーナーに戻りましょうか」
そう言って戻ろうとする冴の腕を取って、毅は耳元で囁く。
「冴さん。犬との触れ合いもいいですけど、俺との触れ合いも大切にしませんか?」
すると冴はニッコリと笑う。
「やっぱりねこちゃんの触れ合いコーナーに行きましょうか?」
「……遠慮しときます」
そうしてこの日は珍しく、冴の方が毅を振り回していた。
=Fin=