≪ペアグッズ≫


 ガシャン、と少し大きめの音がして、龍矢は台所を覗き込んだ。
「幸花?大丈夫か?」
 丁度洗い物をしていたのか、幸花の手は泡だらけだ。
「あ……大丈夫だよ、ちょっと手を滑らせただけだし。食器もぶつかっただけで割れてな……」
 そう言いながら幸花が食器の泡を水で洗い流すと。
「……割れてないけど、ヒビ入っちゃった……」
 それは、龍矢が普段使っているマグカップだった。

「……ヒビは大した事なさそうだけど、少し縁が欠けてるな。これじゃあ、洗う時にうっかり幸花が怪我する可能性もあるし、新調した方がよさそうだな」
 ヒビの入ったマグカップを見ながら、龍矢はそう言う。
「……ごめんなさい……」
 幸花が小さくなって謝ると、龍矢はその頭を優しく撫でる。
「気にしなくていいよ。それより、怪我はしてないか?」
「うん、それは大丈夫」
 そう言うと、龍矢はホッとしたように笑う。
「それじゃあ、今度新しいのを買いに行こうか」
「うんっ」


 次の休みの日、龍矢は幸花と一緒に電車で買い物に出かける事にした。
 少し足を伸ばせば、大きなショッピングモールがある。
 もし誰かに見つかったとしても、従兄妹同士なのだし問題はないだろう。
 ただ、普通の恋人同士みたいに手を繋いだり出来ないのが幸花にとっては辛い事だろうが。

「ふぁ……やっぱり広いね。人もいっぱいいるし」
 モール内を見渡して、幸花はそう感想を漏らす。
「はぐれないようにしないとな」
「うん。じゃあ、行こ?」
 そうして目的のモノが置いてある店へと足を運ぶ。

「結構色々置いてあるね」
「そうだな……幸花はどんなのがいいと思う?」
「うーん、そうだなぁ……」
 幸花が手に取ったのはステンレス製のシルバーのマグカップ。
「龍矢さんって、イメージ的にシルバーかなぁ」
「そう?……でも、ステンレスなら割れる心配もないか」
 そう言いながら、龍矢は他のも見ていく。
 マグカップといえば陶器や磁器製のモノを思い浮かべていたが、意外にステンレスやアルミニウム、ガラス製まであって驚いた。

 そうして見ていく中で、龍矢はあるコーナーに気が付いた。
「幸花。ちょっと」
「ん、何?」
 色々手に取って商品を見比べていた幸花は、龍矢に呼ばれて傍に行く。

「ほら、これなんかどうかな」
 そうして龍矢が見せたのは。
「これ……ペアだよ?」
 主にカップルで使うペアのマグカップだった。
「……折角一緒に住んでて、しかも付き合ってるのに、こういうお揃いの食器ってないだろ?」
「そっ、それはそうだけどっ」
 慌てたようにそう言う幸花は、真っ赤な表情で俯く。
 それを見て龍矢は、わざと気のなさそうに言う。
「まぁ、幸花がいらないって言うなら別に……」
「やっ!い、いる……!」
 バッと顔を上げて、真っ赤な顔のまま必死に見つめてくる幸花に、龍矢はフッと微笑む。
「じゃあ、どれがいい?」
「……!」
 龍矢の微笑みに、からかわれたのだと分かって、幸花はむくれてそっぽを向く。
「幸花?」
 だが、優しくそう声を掛けられれば、顔を向けない訳にはいかない。
 だから幸花は仕返しに、目に付いたあるカップを手に取った。
「これがいい」
「?」
 パッと見は何の変哲もないマグカップ。
 しかし。
 よく見るとそれは、ハート型になっていた。
「……これ?」
「龍矢さんは、嫌?」
 ニコッと笑う幸花に龍矢は、ヤラレタ、と思った。

 別に、家の中で使う物なのだから、誰かに見られる事はない。
 だが。
 ハート型というのが、何とも気恥ずかしい。
 それでも……。

「……分かった。何色がいい?」
 龍矢がそう言うと、まさかOKを出すとは思っていなかったらしい、幸花は驚いたように言う。
「……いいの?」
「だって、幸花はこれがいいんだろ?」
「……うんっ!」
 幸花の満面の笑みに、龍矢は笑みを溢す。

 幸花が喜ぶなら。
 その笑顔が見れるなら。
 このくらい、どうって事ない。

「うーん……この中なら、龍矢さんはグリーン、かなぁ……?」
 マグカップは全部で5色あり、パステル調のピンク・イエロー・ブルー・グリーン、それと白。
「どうして?」
「だって……“龍”は普通、緑色だから……」
 言われて龍矢は日本神話などの龍を思い浮かべてみる。
「成程」
「ね、私は何色だと思う?」
「幸花?……そうだな。幸花はイエロー、だな。“幸せ”を色にするなら、俺はこの色だと思う」
「……ありがとう」
「ん。じゃあこれにしようか」
 そうして二人はグリーンとイエローのハート型のマグカップを買って。
 その後はモール内をのんびりと見て回った。


「龍矢さん、コーヒー入ったよ」
「ありがとう。幸花は何飲むんだ?」
「えへへ。私は紅茶」
 ソファに座る龍矢の隣に腰を下ろして、幸花はご機嫌だ。
「そんなにペアのマグカップが嬉しい?」
「うんっ。だって、恋人同士って感じがするから……」
 はにかみながらそう言う幸花に、龍矢は、ペアグッズも悪くないな、と思う。
「じゃあこれからも増やしていこうか。お揃いの物」
「本当!?わぁ……嬉しい……」
「ああ、でも……」

 取り敢えず手始めに。
「ちゃんと恋人同士らしいこともしような?」
 そう言って龍矢は幸花にキスをした。


=Fin=