≪寂しい時は≫
教師にも、出張はある。
それは研究会だったり、教育セミナーなどの参加だったりして。
「あ、そうだ幸花。今度の土日、出張なんだけど」
「出張?修学旅行の下見か何か?」
「それはもう別の先生が行ったよ。教育研究会があるんだけど、今回は知り合いの先生が講師だから、ちょっと誘われててね」
「ふーん……教師にも出張ってあるんだ……」
「それで研究会の後、飲みに誘われてて……泊まりなんだ」
「……」
泊まり、という言葉に、幸花は一瞬黙ってしまう。
「幸花?どうかした?」
「あ……ううん、何でもない。休日なのに大変だね」
「そうだな」
そうして土曜日。
「じゃあ、行ってらっしゃい」
「行ってきます」
出張に行く龍矢を見送って、幸花はちょっと溜息を吐く。
「今日は一人、か……」
龍矢と一緒に暮らすようになって、こうして別々に過ごすのは初めてかもしれない。
もう少ししたら二年生の修学旅行があって、その時にまた別々に過ごす事になるけど。
「さて、何しようかな」
幸花は気を紛らす為に明るい声でそう言った。
「つまんない……」
気を紛らす為にと、朝から大掃除並みに部屋の片付けをして。
洗濯して買い物にも行って。
夕方、誰もいない部屋で幸花はそう呟いた。
休日は大抵、龍矢はリビングで仕事してて。
それは宿題やテストの問題作成だったりするけど、話し掛ければちゃんと答えてくれる。
別に話などしなくても、一緒の空間にいるだけで安らぐのに。
「一人ぼっちなんて、つまんない……」
自分以外誰もいない部屋は、何だか物寂しい。
両親が健在していた時は、二人共それなりに多忙だった。
だから小さい頃は広い家の中で一人で過ごす事が多くて。
お手伝いさんはいたが、彼女にも仕事があるのだから、構って欲しいとワガママを言う訳にはいかなくて。
そんな時、近所で両親の帰りが遅い子の面倒を見てくれるお兄さんがいる、という事で、何度かそこに行った事がある。
そのお兄さんというのが、今でいう絹川弁護士だったのだけれど。
でもやっぱり、自分の両親だけはなかなか迎えに来てくれなくて。
いつもお手伝いさんが代わりに迎えに来てくれていた。
両親も何とか時間を取って夕食は一緒に食べていてくれたが、それでも一人で食べる時の方が多くて。
「最近はずっと、龍矢さんが傍にいてくれたから……」
二人でいる事に、いつの間にか慣れてしまっていて。
「一人は……寂しいよ……」
幸花は一人、ソファにうずくまって泣いた。
どのくらいそうしていただろうか?
幸花はいつの間にか眠ってしまっていたらしく、携帯の着信音で目が覚めた。
「もしもし……」
『幸花?』
「龍矢さん。どうかしたの?」
『ん。何となく、幸花が気になって。今、電話に出るの少し遅かったけど、夕飯でも食べてた?』
「あ、ううん。ちょっと、寝ちゃってたみたい」
『そっか。俺は今から飲みに行く所なんだけど……変わった事とかない?』
「特にはないよ。……明日、帰ってくるんだよね」
『うん。……俺がいなくて、平気?』
「え……」
平気か、と聞かれれば、答えはノーだ。
寂しくて寂しくて。今すぐにでも逢いたい。
だけど。
「平気だよ?それより、飲みすぎちゃダメだからね?」
『……分かった』
「じゃあ、おやすみなさい」
『おやすみ』
そうして電話は切れて。
幸花はふぅ、と溜息を吐く。
「逢いたい、な……」
そう呟いてみても、簡単に逢いに行ける距離ではない。
先程泣いたから、今はちょっとスッキリしてるけど、それでも気分は沈んでいて。
「……早いけど、もう寝ちゃおうかなぁ」
何だか、何もする気になれない。
寝る準備を済ませると、幸花は龍矢の部屋をチラッと見る。
「……龍矢さんのベッドで寝ちゃダメかな……」
いつも別々に寝てるのだから、どうって事ないハズなのに。
どうしてもそうしたくなって、幸花は龍矢が普段寝ているベッドに潜り込む。
「龍矢さんのニオイだ……」
そうしていると、何だか優しく抱き締められているような錯覚があって。
その事に安心したのか、幸花はすぐに寝入ってしまった。
次の日の朝。
「ん……?」
幸花が目を覚ますと、何だか違和感があって。
「龍矢、さん……?」
目の前には、龍矢の寝顔があった。
「ん……おはよう、幸花」
「え、何で……だって、出張……」
「帰ってきた」
「え……?」
「知り合いの先生とは、俺はお酒飲まずに一時間だけ一緒に話して。そのままソッコーで帰ってきた」
「何で……」
龍矢の行動に、幸花は訳が分からなくて戸惑う。
「電話口で、幸花が寂しそうだったから」
そう言われて、幸花は何だか嬉しいような、恥ずかしいような気になる。
「でも、いいの……?」
「ああ。“大事な人が一人で不安そうにしてるみたいなんで”って言ってきた」
「龍矢さん……」
「帰ってきたら案の定、こんな所で寝てるし。そんなに寂しかった?」
髪を梳くように撫でられながら、優しくそう聞かれて。
幸花は思わず、思い切り龍矢に抱き付いた。
「寂しかった……」
「そっか……じゃあ今日は一日中一緒にいような」
そう言って龍矢は、幸花にチュッと軽く口付けた。
「うんっ」
傍にいるのが当たり前でも、片時も離れずにいるのは難しい。
そんな時は寂しくなるから。
早目に帰ってきて抱き締めてね?
=Fin=