≪台風≫
それは夕食も終わって、二人でテレビを見ている時だった。
「ねぇ、龍矢さん。台風が近付いてるみたいだよ」
丁度天気予報が流れ、台風が近付いている事を示していた。
「本当だ。出来れば去年みたいに全部逸れてくれると助かるんだけど」
溜息混じりにそう言った龍矢に、幸花は首を傾げる。
台風が来たら学校休みになるのに。
龍矢さんはお休みにならない方がいいんだ。
やっぱり、先生だから?
「幸花、どうかした?」
「ううん。なんでもない」
そうして次の日。
幸花は窓をガタガタと揺らす音で目が覚めた。
「ん……そっか、台風……」
ベッドから起き上がった幸花は、窓から外を見る。
すると、外は物凄い暴風雨だった。
「こんな日に外に出たら、凄く大変そう……」
そう思ってテレビを付けると、案の定、暴風警報と大雨注意報が出ていた。
「やったぁ!これで11時までに警報解除されなかったら学校お休みだ」
それでも一応、警報が解除された時に備えてお弁当は作る。
そうこうしている内に、龍矢が起きてきて。
「幸花、おはよう……」
「おはよう、龍矢さん。今日はもう少しゆっくりしてていいよ」
「……?何で」
「台風。暴風警報と大雨注意報が出てるんだよ」
「そうか……」
「外はもう見た?凄い暴風雨なんだよ」
幸花が楽しそうにそう言うと、龍矢は幾分かげんなりしたように言う。
「逸れてくれればよかったのにな……」
「?学校お休みなの、そんなに嫌?」
幸花が首を傾げてそう聞くと、龍矢は苦笑しながら話す。
「学生はそうだろうけどね。特に担任受け持ってる教師はそうもいかないんだよ」
「どういう意味?」
「台風でも学校に行かなきゃならないって事。保護者からの問い合わせに対応したり、場合によっては生徒に連絡網回したりしなくちゃならないからな」
その事に、幸花は今更ながらに驚いた。
台風が来れば学校はお休みって単純に考えてたけど。
先生はお休みじゃないんだ。
あんな暴風雨の中、学校に行かなくちゃならないなんて……。
「あの……龍矢さん、ごめんなさい」
「どうして幸花が謝るんだ?」
「だって私、台風で学校が休みだって、それしか考えてなくて……」
「ああ、そういう事か。幸花は気にしなくていいよ。だって、知らなかったんだろ?」
「そうだけど……」
シュンとする幸花を、龍矢は優しく抱き締める。
「心配してくれてるんだろ?俺はそれだけで嬉しいよ」
「龍矢さん……」
優しく微笑む龍矢に、幸花は気を取り直して言う。
「じゃあ、朝御飯作るから、ちょっと待っててね」
そうして身支度を整えて、龍矢は家を出る。
「じゃあ、ちゃんと天気予報は気にしてるんだぞ?いつ警報が解かれるか分からないんだから」
「うん……あの、龍矢さん、気を付けてね?」
「ああ。学校に着いたら電話しようか?」
「……うん」
不安そうな表情の幸花に、龍矢は安心させるように笑顔を向ける。
「大丈夫。今までにも何度かこういう事はあったから」
そうして幸花の頭を撫でてやると、軽く触れるだけのキスをする。
「行ってきます、幸花」
「っ……行って、らっしゃい……」
暴風雨の中学校に向かう龍矢を、幸花は真っ赤な顔で見送った。
一緒に暮らしていなければ、多分考えもしなかった。
学校の先生って、色々大変。
=Fin=