それは、夏休みももうすぐ終わりという日の午後。
バイトから帰った咲は、居間で信じられないモノを見た。
「ただ今帰りま……な、おき…さん……その子……?」
それは。
赤ん坊を抱いた直樹の姿だった。
≪突然の訪問者≫
「咲、おかえり。コイツは……」
「……っ隠し子がいたんですか!?」
「は?…………はぁ!?」
愕然とした表情で何も考えられない咲に追い討ちを掛けるように、丁度一人の女性が台所の方から現れた。
「あら、貴女が咲ちゃん?聞いてた通り、可愛い子ね」
「え……どなたですか……?」
「あぁコイツは……」
咲の問いに、直樹が説明するよりも早く、その女性が答える。
「直樹の元カノよ」
「は!?何言ってんだテメェ!」
慌てて何か言おうとする直樹の口を手で塞ぎ、その女性は続ける。
「別れた後にこの子が出来たのを知って……産んだはいいけど、やっぱり父親は必要だと思って……認知してもらいに来たの」
その言葉に、咲はショックを受ける。
父親?認知?……誰が?
「直樹さん……本当なんですか……?」
今にも泣き出しそうな表情で咲は聞く。
赤ん坊を抱いている為、両手が塞がっている直樹は、それでも何とか女性の手を振り解いて自由になった口で必死に言う。
「違う、咲!コイツは……!」
だが咲は、その先に続く言葉を聞きたくなくて、耳を塞ぐ。
「……っいいです、聞きたくない!……その子を、幸せにしてあげて下さい」
そう言って咲は身を翻して居間を出ようとする。
しかし。
「!?」
咲は直樹の元カノだという女性に腕を掴まれた。
「っくっくっく……あーはっはっは!ゴメン、ゴメン。今の話嘘。からかっただけよ。いやー直樹のこんな慌てた姿、久しぶりに見たわ」
「……え?」
突然笑い出してそう言われ、咲は頭が付いていかない。
「改めて自己紹介するわ。私は森田直枝。旧姓は早坂って言えば分かるかしら?」
早坂。
つまり、それの意味する所は……。
「……直樹さんのお姉様!?」
「あったりー」
その事に安心して、途端に咲は体から力が抜けて、その場にへたり込む。
「よか…ったぁ……」
「ちょ、大丈夫!?やだ、ごめんなさい。ちょっと悪戯が過ぎたわね。本当にごめんなさい」
「全くだ。……ったく、下らねぇ事しやがって」
直樹がそう言うと、直枝はピシャリと言い放つ。
「アンタは黙ってなさい。……咲ちゃん、大丈夫?」
「あ、いえ、大丈夫です!……じゃあ直樹さんが抱っこしてるその子は……」
「ええ、私の子。照之って言うのよ」
「照之君?……カワイイ〜。抱っこしていいですか?」
「ええ勿論」
そうして咲が直樹から照之を受け取ると、照之はキャッキャと嬉しそうに笑う。
「咲ちゃんの事気に入ったみたいね」
「本当ですか?わぁ……かわいいー……」
しばらくそうして抱っこしていたが、突然直樹が照之を取り上げる。
「直樹さん?」
「……いい加減自分のガキの面倒は自分で見ろ。ほら、咲。行くぞ」
そう言って照之を直枝に押し付けると、咲を促して居間を出ようとする。
「あら直樹、照之にヤキモチ?……っていうか、お姉様にそんな態度取っていいのー?」
「……何が言いたい」
そう言ってギロリと睨む直樹の視線をモノともせず、直枝は咲に話を振る。
「ねーぇ、咲ちゃん。直樹の昔の話、聞きたくなーい?」
「え」
「お母さんが知らないあんな事やこんな事も知ってるんだけど」
「あんな事やこんな事?」
「例えば……大学生の頃に」
「やめろ。それ以上言うな……!」
慌ててそう言う直樹に、直枝は勝ち誇ったように言う。
「あーら。それじゃあ咲ちゃん連れて行かないでよ。もっと色々お話したいし」
「く……っ」
悔しそうな直樹に、咲はどうしたらいいか分からない。
「あ、あの……?」
「咲ちゃん、おいで?そんな奴ほっといていいから。今日はお姉さんとお話しましょ?」
「はい……」
そうしてその日は、咲はずっと直枝に捕まっていた。
後日。
「咲。今日はずっと一緒にこうしていような?」
直樹は咲を自分の膝の上に乗せてギュッと抱き締めて、独占欲を全開にしたのは、言うまでもない。
=Fin=
頑張れ、咲ちゃん(笑)
生田 咲(いくた さく)……月羽矢学園高等部一年。直樹の実家に下宿中。
早坂 直樹(はやさか なおき)……月羽矢学園高等部数学担当教官&咲の担任。
森田 直枝(もりた なおえ)……旧姓・早坂直枝。直樹の姉。
森田 照之(もりた てるゆき)……直枝の息子。生まれたばかりの赤ちゃん。