≪ヒミツ≫


「あの、先生」
「……」
「先生?」
「……」
 咲の呼びかけに、だが直樹は何の反応も示さない。
「……先生として答えて欲しい事があるんですけど」
「……先生として?」
 咲がそう言うと、直樹はようやく反応を示す。

 今二人がいるのは咲の下宿先――実家の直樹の部屋で。
 当然二人きりだ。
 直樹の態度の理由が簡単に予想が付いて、咲は内心やれやれと思う。

 ……こだわるなぁ。
 名前で呼ばないと反応しないって、子供じゃないんだから。

「……やっぱりバレたらマズイですよね」
「ま、俺は懲戒免職。咲は退学ってトコか?」
 まるで、そうなっても大して気に留めない、といった感じで直樹は言う。
「何?リスク高いから、やっぱり付き合うのやめたい?」
「!やっ……そんなの、イヤ、です」
 咲が慌てて反論すると、直樹はフッと微笑って彼女を抱き寄せた。
「まぁ今更?手離すつもりもねぇけど?」
 耳元でそう囁かれ、咲は全身がゾクリと粟立つのを感じた。

 うぅ、先生ってばズルイ。
 耳弱いの知ってるクセにこういう事するんだもん。
 むぅ。先生の弱点ってなんだろう……。
 って、そうじゃなくて。

「あの、ですね。誰にも言えないっていうのは十分分かってるんです。けど……桃花にだけは話しちゃダメ、ですか……?」
「桃花?……あぁ花咲の事か。何で?」

 桃花。
 私が先生の事好きなのを知っていて。
 ずっと心配してくれてたから。

 そう咲が話すと、直樹は難しい顔をする。
「立場的に言わせて貰えばダメだ。どこからバレるか分からないからな」
 予想通りの言葉。
 やっぱり、いくらなんでも無理だよね。
 そう思って咲が諦めかけた時だった。
「ただ……」
「え?」
「俺個人で言わせて貰えば……話してもいい」
 そう言って直樹はニッコリと微笑んだ。
「いいんですか!?」
 咲は嬉しくなって、パァっと顔を輝かせる。
「咲の思う通りにすればいい。話したいんだろ?」
「……せんせぇ……ありがとう」
 咲がそうお礼を言うと、直樹は突然彼女の頬をつまんで左右に引っ張った。
「こーら。直樹さん、だろ?」
「ひゃい……」

 だから先生。そこにこだわり過ぎだってば……。


 学校に行って、だがなかなか話を切り出すタイミングが掴めなくて。
 放課後になって他の子と別れてから、咲はようやく桃花に話しを切り出す。

「ね、桃花。大切な話があるんだけど……」
「大切な話?」

 そうして念の為、人気のない屋上に連れ出し、周りに人がいないのを確認してから話し出す。
「あの、あのね……」

 うー。いざ話すとなると、やっぱ緊張しちゃうなぁ。

「その……彼氏が、出来たの」
「え……?」
「直樹さんっていってね?私の下宿先の息子さんで……あ、でもその人はもう働いてて、家を出て一人暮らししてるんだけど」
「咲ちゃん何で?……先生は、もういいの?」
 咲の話を遮るように、心配そうな表情で桃花が聞いてくる。

 まぁそうだよね。こんな回りくどい言い方をしたら、誰だって別の人を想像するだろうし。
「最後まで聞いてくれる?」
「う、うん……」
 咲がそう言うと、渋々といった感じで桃花は黙る。
 最後まで聞いたらきっと驚くんだろうなぁ、なんて意地の悪い事を考えながら、咲は話を続ける。
「いつも不機嫌そうにしてるんだけどね。たまに見せる笑顔が素敵で……お仕事はね、学校の先生なんだ」
 するとそれまで困惑気味だった桃花の表情が、アレ?っという感じになる。
「高校で数学を教えてて……その、まだ言ってなかったけど、下宿先の家……“早坂”っていうの」
 その言葉に桃花は一瞬呆気に取られて。
 すぐに嬉しそうに抱き付いてきた。
「咲ちゃんっ、おめでとう〜っ!」
「ありがとう……桃花」
 そうして桃花は、少し声を潜めて聞く。
「え、でも本当なの?下宿先の息子さんが、早坂センセって」
「うん、本当。四月の終わり頃知ったんだけどね。……この前、告白された……」
 嬉しくて、でも少しだけ恥ずかしくて。
 咲は真っ赤になってはにかむ。
「そうなんだぁ……良かったね、咲ちゃん」
「うんっ」


 私と先生の関係は、まだ始まったばかり。
 この先どんな事があるか分からないけど、全部乗り越えて行きたい。

 あ、そうそう一つだけ。
 下宿先の直樹さんの部屋が私のお気に入りの場所って事は……まだ直樹さんにもヒミツ。


=Fin=


咲ちゃん惚気中。