時々、ふとした時に目に付く光景がある。
 それは、廊下だったり、教室だったり。
 だけど俺にはどうする事も出来ない。
 何故なら……教師としての、立場があるから。


≪立場≫


 咲は高校生だ。そうして、月羽矢学園は共学で。
 そんな分かりきった事は今更だし、そうでなければ出会えなかった可能性もある。
 それは分かっているんだが……。

 直樹は先程目に付いた光景に、少し苛立っていた。
 咲がクラスメイトの男子と話をしていたのを見たのだ。
 たったそれだけの事。
 だが問題は、その時の咲の表情が笑顔だった事で。
「……何を話してたんだろうな……」
 それは勿論、好奇心からくる呟きではない。

 直樹は明らかに嫉妬していた。
 笑顔で他の男と話す咲に。
 笑顔を向けられた、その男に。

「……俺って、かなり独占欲強かったんだなー……」

 それは、直樹が初めて気付いた事実。
 来る者拒まず、去る者追わず、と過ごしていた学生時代には、予想もしていなかった事だ。
「……クラスメイトだったら、笑顔で会話位するよな……」
 そうして、些細な事で嫉妬している自分に気付いて、直樹は凹む。

 もし、咲がこんな俺を知ったら。
 笑うだろうか?
 それとも、呆れる?
 ……逆に引かれたら相当凹むだろうな、俺……。

 だけど。
 自分にはどうする事も出来ない。

 そうして直樹は考える。
 もし俺が、彼女と同級生だったら、と。
「……同級生なら、無理矢理会話に割り込んだりとか出来るんだろうな……」
 それ以前に、付き合っている事を周りに隠す事もしなくていいだろう。
「……どうして、同い年に生まれなかったんだろうな……」

 せめて後もう少し、咲が早く生まれていれば。
 せめて後もう少し、自分が遅く生まれていれば。
 現状は違っただろうか?

「……ハッ。考えんの、馬鹿馬鹿しくなってきた」
 直樹は自嘲気味に息を吐いて、数学教官室の天井を見つめる。

 考えても仕方のない事だ。
 もしも、の世界なんて、誰にも分からない。

「てか、もし同い年だったら出会えてない確率の方が高いか……」

 咲がウチの実家に下宿しているのは、姉が結婚して、使っていた部屋が空いたから。
 だけど、もし俺が咲と同い年だったら、果たして母親は下宿人を募集しただろうか?
 もししたとしても、女の子を一緒に住まわせるとは考えにくい。
 それに俺は月羽矢ではなく、別の高校に通っていた。
 だから、今現在の関係でなければ、恐らく出会っていなかったのだ。

「全ては必然、か……」

 全ては、二人が出会うのに必要だった事。
 そう考えると、現状も悪くはない。
「悪くはないが……教師としての立場、ってのは、やっぱり厄介だな」

 傍から見て、相手と話すのを嫌がっているようなら、教師としての権限は最大限利用できる。
 だけど、そうでなければ。
 何か無理にでも用事とかを見つけない限り、割り込む事は容易ではない。
 ただ遠くから見ている事しか出来ないのだ。
 彼氏の立場としては、それは非常に面白くないが。

 そうして直樹は日々、彼氏の立場と教師の立場の間で、葛藤するのだった。


=Fin=