≪彼女達の心配≫
昼休み。
咲と幸花は二人で連れ立って廊下を歩いていた。
その腕の中にはクラス全員分の数学のノート。
今日は四時限目に数学があり、直樹は授業の最後にノート提出を言い渡したのだ。
それを運んでいるのが、咲と幸花の二人で。
「やっぱり全員分となると重いよね〜。幸花、手伝ってくれてありがと」
ノート運びを言いつけられたのは、本当は咲一人だ。
「ううん、いいの。だって、数学教官室に行けば、龍矢さんに逢えるし」
「そっか、そうだったね」
そう言って二人は笑い合う。
いつもならここに桃花も加わる所だが、二人の事情を察した桃花は、さっさとお弁当を抱えて彼氏の凍護の所に行ってしまった。
「……そういえば、前から思ってたんだけど」
「ん、何?」
少し難しい表情でそう切り出した幸花に、咲は首を傾げる。
「あの、ね?早坂先生が女の子から人気あるのは知ってるよね。それで……何か、龍矢さんも結構人気があるみたいで」
「そうなの?」
「うん……」
そうして何となく二人は黙ってしまって。
暫くして口を開いたのは咲だった。
「……じゃあ、聞いてみる?先生達に」
「どうやって?」
「どうやってって……気になる事、色々と」
「うん……そうだね」
どの道、一人では聞き辛いものがあったから。
だから幸花は同じ境遇である咲に話を切り出したのだ。
そうして二人は、色々と聞いてみる事にした。
「「失礼しま〜す」」
そう言って二人は数学教官室に入る。
「お、ノート運びご苦労さん」
直樹は二人に気付いてそう声を掛けるが、それを見た龍矢が顔を顰めた。
「直樹。お前、生徒にノート運ばせるなら、今度から男に持ってくるように言え。可哀相だろうが」
存外に、“自分の彼女や幸花に重たいノートを運ばせるなんて!”という批難を含ませたその言葉に、直樹は眉を寄せる。
「それは分かってるけどな……しょうがねぇだろ。学校内で堂々と逢える場所なんて、ココぐらいしかねぇんだから」
恐らくは、直樹自身にも心の葛藤はあったのだろう。
クラス全員分のノートは重たいから運ばせたくないが、でもそうでもしないとこの数学教官室に招き入れる事は難しい。
確かに、授業の分からない所を質問しに、という理由も作れる。
だが頻繁に入り浸っていればどんな噂を立てられるか分かったモンじゃないし、他の余計な生徒まで真似して来られては意味がない。
「……ま、気持ちは分からんでもないがな。で?だからって人の彼女にまでノート運びを命じたのはどういう訳だ?」
「俺は……」
不機嫌な様子でそう言う龍矢に、直樹が口を開きかけた所で、それを遮るように幸花が言う。
「龍矢さん、私、咲ちゃんの手伝いしただけなの。重そうだったし、龍矢さんにも逢いたかったから……」
「幸花……うん、俺も幸花の顔が見れて嬉しい」
ニッコリと笑顔を向けてくる龍矢に笑顔を返すと、幸花と咲は顔を見合わせて頷きあった。
予想通りというか、都合よく今は他に部外者はいない。
「あの、お二人に質問があるんですけど……っ」
そう切り出した咲に、直樹と龍矢は首を傾げる。
「やっぱり、二人共モテるんですか……っ?」
だがそう続けた幸花に、二人は思わず顔を見合わせて、困ったような表情をする。
「……まぁ、どちらかといえば」
「大学時代から、結構モテてた……よな?」
言い難そうに言われた内容に、咲と幸花は不安そうに聞く。
「やっぱり、先生目当てでココに質問しに来る人とかいるんですか?」
「質問も、授業の内容じゃなくて、私的な事を聞きに来る人とか……」
「告白とか、されたり……」
「生徒だけじゃなくて、女の先生とかからも?」
何だか止まらなさそうなその勢いに、直樹と龍矢は待ったを掛ける。
「お前ら、勝手な想像して暴走するな」
「まず、ちゃんと人の話は聞こうな?」
その言葉に二人は口を閉じる。
「よし。えっと、まずは何だ?ここに質問しに来る生徒、だっけ?」
「確かに、いる事はいるな。熱心な受験生とか」
その言葉に、二人は表情を曇らせる。
「ま、だけどあくまで授業に関連した質問しか受け付けないよな?」
「そうだな。勉強しに来たのでなければ、追い返してる」
だが、今度はそう答えが返ってきて、途端に安堵の表情に変わった。
「告白は……お前、どうしてる?」
「どうしてるも何も……そういう雰囲気になったら逃げる、とか?」
「まぁなぁ……こればっかりは逃げるか、ちゃんと聞いた上で丁重にお断りするしかないもんなぁ」
確かに、告白されるのは二人にはどうしようもない事だろう。
例え彼女がいると分かっている相手にでも、気持ちの整理を付ける為に告白する、という人はいるのだし。
「後は……女の先生?」
「あー確かに結婚意識した独身の先生はしつこかったりするからな」
「ま、それ対策も含めて、この数学教官室に籠ってる訳だし?」
「数学教師は男ばっかりだからな」
そう言って、直樹と龍矢の二人はそれぞれ、自分の彼女に向き直る。
「ま、なるべく不安にさせないようにはするけどな」
「……直樹さん」
「心配事は俺達も同じだよ。なんせクラスの半分は同じ年代の男なんだから」
「龍矢さん……」
「考えてもみろ。学生同士の方が話も合うだろうし、世間に気兼ねなく、堂々と付き合える」
「今みたいな、隠れた付き合いに嫌気が差さないとも限らない」
直樹と龍矢のその言葉に咲と幸花は目を瞠り、慌てて言う。
「そんな事ない!直樹さん以外の人なんて嫌だもん!」
「そうだよ。私だって、龍矢さんがずっと一緒じゃなきゃ嫌だよ!」
その言葉に直樹と龍矢は顔を見合わせると、口の端を上げてニヤッと笑った。
「そーか、そーか。咲はそんなに俺の事が好きなのか」
「幸花。今日は帰ったらずっと一緒にいような?」
そう言われて、咲と幸花は途端に顔を真っ赤にさせる。
「何か、いいように嵌められたって感じ……?」
「大人ってずるい……」
そう言って二人共ムスッとした表情になった。
結局、二人の心配は、彼氏二人を喜ばせる形になって。
でも、気になっていた事は聞けたし、相手も不安になる事があるのだと分かって。
少しだけ、心配事が減った気がした。
=Fin=