俺とヤツが出会ったのは、大学のゼミだった。
≪腐れ縁≫
それは直樹が大学二年の時だった。
大学のゼミに顔を出すと、知らないメンバーが増えていた。
「おっす。……あれ、アイツら何?随分中途半端な時期に新メンバー」
「おう。……あぁ、あれ。ほら、別のゼミの教授が倒れただか何だかで、そのゼミのメンバーが一時的に色んなトコに割り振られてんだって」
「ふーん……」
その時の直樹は特に気にもしていなかった。
まさかその中の一人と、腐れ縁になろうとは知らずに。
直樹は教育学部で数学を専攻している。だからゼミもその関係で。
ゼミは主に少数で意見を交換する場だ。
時々、数学上の未解決問題を例題に話し合う事もある。
……勿論、解けた試しはないが。
ゼミに新しいメンバーが入ってきて暫くして、直樹は気付いた事がある。
「なぁ……アイツ、誰だっけ」
「どれ?」
「あの右端にいる……」
「あぁ。三年の盾波龍矢じゃん。お前知らねーの?あいつ結構有名だぜ?」
「有名?」
「お前と同様、女に人気がある。いや、お前以上かもな」
「へぇ……」
「何?アイツがどうかした?」
「いや……」
直樹が気付いた事。
それは、よく意見交換の時に自分の意見が否定される、という事だった。
自分だって的外れな事は言っていない。
だが、それを否定した上で、ヤツは的を得た発言をしてくる。
「ムカつくヤツ……」
だが、それだけでは終わらなかった。
ある時、遊び相手の女から言われた。
「直樹君もいいけどぉ……盾波君もカッコイイんだよね」
直樹は大学ではかなりモテる方で。
放っておいても女の子が寄ってきたので、それなりに遊んでいた。
遊んでいるとは言っても、やはり自分以外の男の名前が出るのは少しムカついた。
「盾波のどこがカッコイイって?」
「えー?なぁんか、ココロに傷持ってそうなトコ?」
「何だそれ」
「あと、モテるのに遊ばないトコ」
「相手にされねぇんじゃん」
「あ、ひどーい。でも、直樹君はちゃんと相手してくれるもんね」
「まぁな」
大学三年に進級して、昨年途中から入ってきたメンバーは、そのまま同じゼミのメンバーに正式に決定されたらしい。
「結局、倒れた教授はそのまま退職したんだとさ」
「……俺にはカンケーねー話だな」
その年の新歓コンパの席で、直樹は初めて龍矢に話しかけられた。
「早坂直樹、でよかったっけ?」
「……どうも。何か用ですかー、盾波センパイ?」
直樹は龍矢に良い印象を持っていない。
ただの嫉妬かもしれないし、散々自分の意見を否定された恨みかもしれないが。
「もしかしなくても、嫌われてるかな」
「べっつにー?どう考えてもゼミでのアンタの意見は正しいし?」
嫌味たっぷりにそう言ってやると、龍矢が苦笑した。
「……別に、君の意見が悪いって事じゃない。むしろ、着眼点や発想はいいからな。これでも結構、一目置いてるんだけど」
「はいはい。そんな事言われても俺は嬉しくも何ともないね」
「俺は仲良くしたいと思ってるんだけど」
「そーかよ。だけどな」
そう言って直樹はビールを一気飲みすると、ダンッと空のジョッキをテーブルに置いた。
「俺はアンタが嫌いだ。盾波龍矢」
そう言われて龍矢は目を丸くしたが、次の瞬間、プッと吹き出した。
「呼び捨てとはいい度胸だな。直樹」
「テメーは呼び捨てにすんなよ」
「俺の方が先輩だぞ」
「関係ねーよ」
だが、その日から結局、龍矢は直樹を呼び捨てにし始めて、普段からも声を掛けてくるようになった。
「なぁ龍矢……ミレニアム懸賞問題って、解けると思うか?」
「……そう簡単に解けたら、クレイ数学研究所がわざわざ100万ドルも懸賞かける訳ないだろ」
「でもなぁ……証明できないって言われてたフェルマーの最終定理も解かれたし」
「……お前、来年論文で書くつもりか?」
慣れとは恐ろしいもので。
最初はうっとうしいと思っていたのに、最近では直樹から龍矢に声を掛けるようにもなっていた。
「別に論文で書くとは言ってねぇだろ。てか、論文書かなきゃいけねぇのは龍矢の方だろ」
「俺はそんなに焦ってない」
「うわ、その余裕がムカつく」
「お前は確実に直前まで論文が書けなくて焦るタイプだな」
「益々ムカつくし!」
……からかわれる事の方が圧倒的に多かったが。
だが、ゼミで会えば話をするが、それ以外では全くだった。
だから龍矢が卒業する時も、別に何とも思わなかった。
「ま、短い間だったけど、お前がいて楽しかったよ」
「俺はかなりムカついた。いなくなってせいせいするね」
「またどっかで会ったら、そん時はまた飲みに行こうな」
「もう会わねーだろ」
そんな感じで、龍矢がドコに就職したかも聞いてなかった。
そうして大学四年の時は全く龍矢と連絡も取らなかったし、殆どその存在も意識していなかった。
なのに。
「盾波龍矢っ!?何でお前がココにいるーーーっ!?」
大学を卒業して次の年。
晴れて月羽矢学園の教員となった直樹は、数学教官室で龍矢の姿を見つけて、思わずそう叫んでいた。
「何でって……ココの教員だから?」
こうして、直樹と龍矢の腐れ縁は今日まで続いている。
=Fin=
直樹と龍矢は大学時代からの知り合い。