≪ヤキモチ≫
その日璃琉羽が自分の部活を終えて体育館へ行くと、緋久が知らない女の子と楽しそうに話をしていた。
「緋久君……?」
女の子の方は、何度か体育館前で見かけた事がある気がする。
バスケ部はキャプテンを筆頭に人気があるので、いつも部活を見学している女の子達が大勢いるので断言は出来ないが。
璃琉羽は、楽しそうにその子と話す緋久にショックを受け、近付く事が出来なかった。
そうこうしている内に、不意に緋久が璃琉羽に気付いた。
「璃琉羽!」
女の子と話していた時よりも、多少笑顔になって近付いてくる緋久に、璃琉羽は複雑になった。
自分に向けてくれる笑顔の方が多少良いものであっても。
やっぱり他の子に笑顔を向けるのはやめて欲しいな……。
それが、普段は目つき悪くて怖い印象だから尚更。
緋久の笑顔は自分が独占したい。
だから璃琉羽は、自然と面白くなさそうな表情をする。
「璃琉羽?どうかした?」
その事に気付いて、緋久が声を掛ける。
「……別に」
「……言って貰わないと、何に対して不満なのか分からないんだけど」
「……」
すると、先程まで緋久と話をしていた子が傍に来て言う。
「あの、彼女さん、ですよね?すみませんでした。不快な思いをさせてしまって」
「え……」
突然頭を下げられて、璃琉羽は戸惑う。
緋久君のファンの子じゃないの……?
「私、その……宗方先輩の悪評の原因なんです」
「……えっと?」
璃琉羽は思わず緋久を仰ぎ見る。
すると緋久は、少し困ったような顔をしていた。
「ええと。先輩が不良っていう噂は、本当は絡まれていた私を助けてくれた事が、変な形で噂として広まっちゃった訳で……」
あたふたと説明するその子に、緋久が助け舟を出す。
「……璃琉羽には後でちゃんと説明するよ」
「あ、お願いします。それでですね、要はその時のお礼を言っていただけで、別に何もありませんから、安心して下さいっ」
またも頭を下げられ、璃琉羽は苦笑する。
これは。
完全にこの子にはバレてる。
……ヤキモチ焼いてた事。
「……安心って……?」
不思議そうにそう言う緋久に、璃琉羽はどう言おうかと考える。
ヤキモチ焼いたって言ったら、どう思うかな……。
「えっと……内緒」
そう言って璃琉羽はチラッと女の子の方を見る。
すると彼女はニコニコしながら軽く頷いてくれた。
「璃琉羽?」
「内緒だって」
そんな風に話していると、女の子が名前を呼ばれて振り返った。
「桃花!」
「凍護君!遅いー」
走り寄ってきたのは、いつも緋久が仲良さげにしているバスケ部の後輩だった。
「ゴメンゴメン。あ、久兄。桃花に変な事してないだろうな?」
「……お前な。自分の彼女が大切なのは分かるが、俺を疑うな。てか、俺も彼女の前なんだけど」
「あ、すみません」
凍護は璃琉羽に軽く頭を下げてから、緋久に言う。
「大体、人が片付けしてる時に、人の彼女と楽しそうに話してる久兄が悪い」
「……俺は“あの時”のお礼を言われてただけなんだが」
「……ああ、そうか。お礼言いたいって言ってたもんな、桃花」
「うん。言えて良かった」
「まさか、あの時の子が凍護の彼女になってるとは思わなかったけど」
三人だけでそう話をされ、璃琉羽は少しだけ疎外感を感じる。
後でちゃんと説明してくれるって言ったけど。
何か、つまんない。
するとそんな璃琉羽の様子に気付いた桃花が言う。
「えっと、それじゃあ凍護君も来たし、彼女さんにも悪いんで帰ります。凍護君、行こ?」
「うん。じゃあ久兄、また明日」
「おー。明日な」
帰る直前、桃花は璃琉羽に軽く会釈をして。
何だかいい子だな、と思った。
腕を組みながら帰る二人の後姿を見送りながら、璃琉羽は聞く。
「今のが、兄弟みたいに育った一つ下の後輩?彼女さん、いい子だね」
「そう。あいつ彼女にベタ惚れで、いつも自慢ばっかりしてくる」
「へぇ。そうなんだ」
「その代わり、俺は璃琉羽の自慢してるけど?」
緋久のその言葉に、璃琉羽は真っ赤になった。
「……もしかしてだけど。俺が彼女と話してたの見て、ヤキモチ焼いた?」
「っ……うん」
「ごめんな?」
「ううん。ファンの子じゃなかったから、いい」
璃琉羽は真っ赤な顔のままで俯きながら、緋久の手をキュッと握った。
「……今日はこのまま手、繋いで帰る?」
「……うん」
ヤキモチも、そんなに悪いものじゃないかもしれない。
=Fin=
さり気なく2カップルのヤキモチ話。