≪お弁当≫
一人暮らしの直樹は、お昼は大抵コンビニ弁当か購買のパンだ。
月羽矢学園の構内には食堂もあるが、流石にそこだと生徒に囲まれ、落ち着いて食べる事ができない。
だからもっとも落ち着ける数学教官室で食べるのだが。
「直樹、たまにはもっとちゃんとした物食べたらどうだ?お前いつもコンビニ弁当だろう」
「……龍矢。それは俺に対する当て付けか……?」
直樹と同様に、龍矢も数学教官室でお昼を食べるのだが、彼のお弁当はどう見たって手作りの弁当で。
それは勿論、幸花の手作り弁当に他ならないのだろう。
「お前は一緒に住んでるから作って貰えるんだろうがっ!」
直樹のその言葉に、龍矢は自分の食べている弁当に一度目を落としてから言う。
「まぁ、確かにそれもあるだろうけどな。お前だって作って貰えばいいじゃないか」
「お前……俺の事おちょくってるだろ。俺はお前と違って一緒に住んでねぇし、第一ドコで受け渡ししろと!?」
「朝来る前に、実家に寄ればいいだろ」
事も無げにそう言う龍矢に、だが直樹は今そこに思い至ったというような表情をする。
「あ」
そんな直樹に、龍矢は呆れながら言う。
「……今度作って貰うように頼んでみたらどうだ?」
そうして直樹は、咲にお弁当の件を頼んでみる事にした。
「お弁当、ですか……?」
「そう。いっつもコンビニ弁当じゃ、流石に味気なくて」
すると咲は真っ赤になって、俯きながら言う。
「えと、じゃあ……頑張って作ります」
その事に直樹は笑みを浮べた。
「楽しみにしてるから」
「はいっ」
次の日の朝、早速直樹は咲の手作り弁当を取りに実家に寄ったが。
「……何でお袋が弁当作ってんだよ……っ!」
「あんたね。お弁当欲しいなら私に言いなさいよ」
「俺は咲の手作りが……」
「はいはい、贅沢言わない」
母親のその言葉に、直樹は視線を咲に向ける。
「……咲?」
「えっと、あの、作ろうとしたんですけど……押し切られて……」
申し訳なさそうにそう言う咲に、彼女の手作り弁当を期待していた直樹は脱力した。
そうしてその日のお昼時。
「お、早速作って貰ったんだな」
「……母親にな」
不機嫌そうにそう答える直樹に、龍矢は首を傾げる。
「彼女に頼んだんじゃなかったのか?」
「お袋がしゃしゃり出たんだよ。そもそも、咲の弁当もお袋が好きで作ってて」
「あぁ……成程。幸花も、自分の分作るついで、みたいな感じだからな」
そう言う龍矢のお弁当の中身は、よく見れば女子高生が好むような可愛らしい盛り付けになっている。
「あー……咲の手作り弁当……」
そう言って落ち込む直樹に、ある事を龍矢は思いついた。
そんなに食べたければデートで遠出する時に作って貰えばいいだろ。
だけど、本気で凹んでいる直樹を見てるのも面白いし、いつ気付くかというのも見物だ。
という事で、龍矢は敢えてその事を黙っている事にした。
=Fin=
直樹が咲の手作り弁当を食べれるのはいつの日か(笑)