≪昔語り≫
それは、約十年前のお話――。
「朱夏」
「あ、おにいちゃん!いまいくー!」
春秋は毎日、今年小学生になったばかりの朱夏を迎えに、月羽矢学園初等部まで足を運ぶのが日課だ。
小さいが法律事務所を開いている両親は忙しく、春秋は自らまだ幼い妹の面倒を見る事を買って出たのだ。
とはいえ、中等部の方が終わるのは遅いのだから、毎回待たせるハメになっているのだが。
朱夏を迎えに行くと、大抵他にも数名校庭の遊具で一緒に遊んでいる子供達がいる。
「急がなくてもいいよ。もう少し遊びたいなら待ってるから」
「じゃあもうすこしあそぶー!」
迎えに来ても逆に待たされる事の方が多いのでよしとする。
そんなある日。
「ねーねー。ヒマならおれたちとあそんでよー」
いつものように「もう少し遊ぶ」と言う朱夏を待ちながら、春秋が手作りの英単語カードで単語を覚えていると、数人の男の子達がそう声を掛けてきた。
「……えっと」
「にいちゃん、いっつもここにきてヒマそうじゃん。だったらおれたちとあそんでよっ」
朱夏と同じ年頃の子供達に腕を引っ張られて、春秋はやれやれと思いながらも相手した。
そんな事が毎日のように続けば、流石に相手も顔を覚えるようで。
春秋が相手をしてあげている男の子達の内の数名が、どうやら近所の子達だったらしく、春秋は学校外でも声を掛けられるようになった。
「あ、はるあきにいちゃんだー!」
「はるあきにいちゃん、こんどのやすみヒマ?あそんでー!」
元々面倒見のいい春秋は、朱夏の面倒を見るついでとばかりに、その子達と一緒に遊んだりする。
勿論、時々は勉強を見てあげたりもして。
近所のママさんの間では簡易託児所状態だ。
春秋の近所では共働きの家が多いから、安心らしい。
春秋を慕って遊びに来るのは、大抵が男の子ばかりだ。
その中に時々、一人の女の子が混じる。
その子は月羽矢学園の生徒ではなく、学年も朱夏より一つ下で。
知り合ったきっかけとしては、皆で公園に遊びに行く所だった途中で見つけた迷子だ。
親が見つかるまでの間、皆と一緒に遊ばせておいて。
母親が見つかった時に、また皆で遊ぶ約束をして、それから時々、母親に頼まれるように混ざるようになった。
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「懐かしいな……」
月羽矢の文化祭を見に行った折、春秋は何人かに声を掛けられた。
それは昔自分が一緒に遊んであげた男の子達で。
「皆、大きくなってたよなぁ……」
そう思って昔のアルバムを引っ張り出して眺めていたのだ。
ただ、忙しくて文化祭から大分経ってしまったが。
するとそこに朱夏がやってきた。
「兄貴、何見てるの?……うわ〜懐かしい写真……あれ?この女の子って誰だっけ?」
「ん?ああ、幸花ちゃんね。ほら、迷子だった女の子。覚えてないか?」
「……違う学校だった子か!時々、母親が連れてきてたんだっけ。家遠かったのかな?」
「……家が遠いっていうか、まぁ一人で歩かせると色々と危険だったから」
「何それ。……でも本当、懐かしいよね」
「そうだな」
それは、楽しかった懐かしい記憶。
=Fin=