≪寮長の悩み事≫
月羽矢学園寮には、寮生活をする上で当然守らなければならない規則がある。
例えば時間に関係するもので言えば、寮の食堂の利用時間。
朝は6:30〜7:30、休日の昼は12:00〜13:00、夜は18:30〜19:30までに注文を終える事、となっている。
それと届出に関するもの。
夜19:00以降の外出に関しては外出届(門限22時)を。翌日が休日の場合に限り、外泊には外泊届けを事前に提出する事が義務付けられている。
但し急なトラブルで門限までに帰れなかったりする場合は、電話でその旨を連絡する事、となっている。
他にも寮則は挙げればいくつもある。
が、基本的にはこの2点を守っていれば、咎められる事はあまりないのだが。
寮生で賑わう食堂にこっそりと顔を出した太陽は、そそくさと食事の受け取りカウンターに行って、小声で厨房の寮母さんに声を掛ける。
「おばちゃん、おばちゃん。俺の夕食、取っといてくれはった?」
時刻はすでに19:55。本当ならば時間外だ。
「あら、太陽君。ちゃんとあるわよぉ〜。はい」
「おおきに!」
そうして夕食を受け取って、太陽が振り返ると。
「やーまーぶーきー」
「げっ、寮長……」
そこには男子寮寮長の愁が立っていた。
「お前、今何時だと思ってるんだ……?」
「ちょ、待って!腹減って死にそうやねん。取り敢えずコレ、先に食べさせてーな」
「腹が減って死にそう?だったらもっと早く帰って来い!」
思い切り怒鳴られて、太陽は肩を竦める。
「大体お前、外出届も出してないだろ!?」
「たかが1時間ぐらい遅れたかてええやん……」
ボソッと呟いた太陽の言葉を、だが愁は聞き漏らさなかった。
「たかが、だと……?そのたかが1時間が、どれだけ迷惑か分かってるのか?お前一人のせいで、食事を作ってる寮母さんやお手伝いの人の勤務時間に影響してくるんだぞ?」
愁がそう言うと、厨房からカウンターを挟んで寮母さんがニコニコしながら言う。
「あら、太陽君一人ぐらいならどうって事ないわよ?太陽君は食べるの早いから、片付け時間にもそんなに影響ないし」
「せやろ?」
「それより、小言は後にして、太陽君がそれ食べ終わってくれた方が助かるんだけど」
「あ……すみません」
寮母さんの言葉に、愁はハッとして謝る。
「おばちゃん、ありがとうな!」
太陽は笑顔でそう言うと、ようやくテーブルに着いた。
「山吹、まだ話は終わってないからな?」
だが愁も後から着いてきて、太陽の前の席に座る。
そうして、夕食を食べている太陽に話を続ける。
「そもそも、お前何度目だ。休みの度に寮則破ってないか?」
愁がそう言うのも無理はない。
本日は日曜日。昨日どころか、先々月辺りからずっと、休日の太陽はこんな感じだ。
「百歩譲って、届出が事前に提出されてないのは多めに見るとしても、電話連絡の義務はどうしたんだ」
「……せやかて、電話連絡した所で理由があらへんし。寮監のセンセに怒鳴られるくらいやったら、見つからんようにこっそり帰ってくる方が……」
ボソボソとそう言い訳する太陽に、愁は口元を引き攣らせる。
「……あぁそう、そんなくだらない理由か。なら今すぐ寮監の先生に報告して、暫く外出禁止にしてもらうとするか」
愁がそう言うと、流石に太陽は慌てて引き止める。
「ちょお待ってーな!アカン、それだけは堪忍や!」
「なら間に合うようにちゃんと帰って来い。そもそもお前は、生徒の代表たる生徒会役員だろうが。他の寮生の手本になるような行動を心掛けろ」
そう言われて、太陽はグッと詰まったような顔をする。
「……しゃーないやん、彼女と中々逢えへんのやから……」
その言葉に、愁は眉を寄せる。
「なんだ、彼女に逢いに行ってるのか?」
すると太陽は、愁が彼女の話に食い付いた事に嬉々として語り始める。
「そうなんや、もう聞いてーな。彼女とは遠恋でな?電車で1時間以上掛かる所におんねん。せやから休日しか逢えへんやろ?それに少しでも長く一緒にいたいやん」
「……なら、どうして事前に届出を出さない」
「……そんなんしたら、夕飯食いっぱぐれるやん」
「外で食べて来い!それが嫌ならせめてあと30分早く帰ってこればいいだけの話だろうが!」
「その30分がなぁ……中々離れる決心つかへんねん」
「……お前な」
「それにな?ほんまはいっつも時間に間に合うように帰ってこようとは思てんねんで?せやけど、それが中々できへんのやわ」
なんでやろな?と首を傾げる太陽に、愁は溜息を吐く。
「……彼女ができたのはいつだ」
「え?去年の秋頃やけど」
「……そうか。つまりお前は、外が暗くなるのが遅くなるにつれて、帰ってくる時間もだんだん遅くなってるんだな」
愁のその指摘に、太陽は納得したように頷く。
「せやなぁ!暗くなる前に別れるのはなんや嫌やしな。そうか、日没の関係やったかー」
そう言って笑う太陽に、愁は頭が痛くなってくる。
こんなのが生徒会役員だなんて。
大丈夫か、生徒会。
……月羽矢先輩がいる限りは大丈夫か。
そんな事を思っていると、太陽はいつの間にか食事を終えて、食器を返却カウンターに置き、そそくさと食堂を出て行く所だった。
「あ、おい待て、山吹!」
愁は慌てて追うが、山吹の姿はあっという間に他の寮生に紛れてしまって。
「……部屋まで行って怒るのは面倒だな」
そう呟いて、ふと同室の星を見つけた。
「浅葱」
「……寮長」
「お前、山吹と同室だったろ。お前からもちょっと言ってくれないか?」
「……太陽が何か?」
「あいつ、毎週休日になると寮則破ってるんだよ。届けも電話連絡もなしに、しかも食堂の利用時間まで」
すると星は、納得したように言う。
「あー……無理。それに関しては、俺が言っても多分聞かない」
そうしてそのままスタスタと行ってしまった。
「……相変わらず人付き合い悪い奴だな」
そう溜息を吐いて、思わず思ってしまう。
本当にマジで大丈夫か、生徒会。
「それより……さて、どうするか……」
そう呟いて、愁は考える。
中々逢えない彼女に逢いに行って、帰りは離れ難い、というのは分からないでもない。
寮監の先生に言って、行動を改めさせる為に暫く外出禁止、と言うのは簡単だ。
だが、そのせいで逢えない期間が長くなって破局にでもなったら、後味が悪いし。
難しい所だ。
そうして愁が取った行動は。
「山吹。今後もし、また同じ理由で寮則を破った場合、罰則を科すからな」
「ば、罰則?まさか外出禁止!?そ、それだけは堪忍〜!」
「違う、最後まで聞け。幸いにもお前は寮母さんに気に入られてるみたいだし、夕食は事前に作ったものをお前に渡してるだけだろ?」
「せやなぁ。いっつもちょお冷めてしもてんやけど、流石に遅れたのは俺やし、温かいの作ってとは言えへんしな」
「だから、だ。寮則を破った日は、食べ終わった食器はお前が自分で責任持って洗って片付ける事。それなら多少大目に見てやる」
「マジで!?おおきに!寮長、エエ人やん!」
嬉しそうに愁の両手を取って、上下にブンブンと振る山吹に、だが愁は釘を刺す。
「但し!寮監の先生にバレた時は知らないからな。その時は外出禁止を甘んじて受けろ。いいな」
「……バレへんように気ぃ付けるわ」
取り敢えずこれで太陽の件は一応の解決をしたのだが。
勿論、寮生の問題行動は他にもある訳だし、愁の寮長としての悩みは尽きない。
=Fin=