≪誤解≫
咲がその話を耳にしたのは偶然だった。
「向井さんってよく数学教官室に出入りしてるでしょ?あれ、早坂先生狙いって話だよ」
「うっそ、マジ?大人しそーな子なのに」
向井幸花。
咲にとっては、桃花と同じくらい仲の良い親友。
でも、彼女には自分と直樹の事を話していない。
ある意味、付き合うきっかけとなった野外生活に不参加だった事もあり、自分達の事を知っているのは桃花だけで。
だから、何も知らない幸花に“先生はダメ”なんて言える訳もなく。
咲は結局、仕方なしに直樹に話をする。
「はぁ?向井が?ナイナイ、ありえねぇって。何、ヤキモチ?」
そう言って相手にしてくれないばかりか、話を逸らされてしまう。
だが直樹は、数学教官室に幸花が良く出入りしている、というのは否定してなくて。
本当……なんだ……。
けれど、幸花本人に確かめる事も出来なくて。
だって、「何でそんな事聞くの?」って聞かれたら困るもん〜っ。
そうしてずっと悩んでいると、どうやら顔に出ていたらしい。
「咲ちゃん、どうかしたの?」
「うん。ここの所、ずっと困った顔してる」
あろう事か、幸花と桃花に心配されてしまった。
「何でもないっ!き、気にしないで?」
だって本人に話せる訳ないじゃない!
すると、何を勘違いしたのか、桃花はとんでもない事を言い出した。
「彼と何かあった?」
何て事言うの、桃花ーーっ!
「へぇ、咲ちゃんて彼氏いたんだー。ね、どんな人?」
「え……っと」
どう答えろって言うのっ!?
咲が返答に詰まっていると、丁度チャイムが鳴った。
助かった。
そう思ったのも束の間。
「今度聞かせてね」
根本的な解決にはなっていなかった。
そうして数日経ったある日。
日直だった咲は、日誌を持って数学教官室に行く。
「失礼しま……っ!?」
ドアを開けた咲が見たもの。
それは、確かに抱き合っている直樹と幸花の姿。
それを見た途端、咲は頭の中が真っ白になって、気付けば叫んでいた。
「ダメーーーっ!直樹さんは私の彼氏なんだからっ!」
突然の事に驚いて固まる二人に構わず、咲は直樹の傍に行って、横から抱き付く。
「……咲?」
「直樹さんは私のなんだからぁ……」
そう言って咲は泣き出していた。
「……お前何か勘違いしてるだろ」
直後頭上から降ってきた、呆れたような直樹の声。
直樹に指で涙を拭われながら、咲は睨み付けるように不機嫌な表情で聞く。
「……何を」
「俺は机に体ぶつけてよろけた向井を咄嗟に支えただけだ」
「へ……?」
幸花を見ると、彼女もうんうんと頷いている。
そうしてその後ろ。
咲は今まで気付いていなかったが、室内にはもう一人いた。
「いやー愛されてるなー、直樹」
「うるせっ!」
「えっと……盾波先生、でしたっけ……?」
それは他でもない、盾波龍矢。
咲は一度だけ、三者面談の時に面識がある。
「おー、覚えてたんだ。感心、感心」
「龍矢さん……?」
少しだけ驚いた顔をする幸花に、龍矢はニッコリと微笑って言う。
「幸花には後で説明するよ」
「うん」
幸花と龍矢のやり取りに、咲はいまいち状況が飲み込めない。
「えっと……?」
「あぁ。従兄妹なんだ、俺達」
「……えぇ!?」
「向井はいつもコイツに会いに来てんの。だから言っただろ、ありえないって」
驚く咲に平然と直樹はそう言う。
「そ、それならそうと……」
「本人達が隠してるのに、言えないだろ」
「そうだけど……でも……」
やっぱり、嘘でもいいから、もっと何か安心できる言葉が欲しかったというか……。
そんな事を考えていると、直樹が溜息を吐いたのが分かった。
嫌われた。
そんな言葉が頭を過ぎる。
だが。
「あーもー。仕方ねぇなぁ、咲は」
そう言って直樹は咲の頭をぐしゃぐしゃっと撫でる。
「ちょ……直樹さんっ!髪ぐしゃぐしゃに……っ!」
「お前、もうちょっと俺の事信用しろよなー。ま、そのお蔭で嬉しいセリフも聞けたし?」
「?」
すぐには思い当たらなくて、咲は首を傾げる。
「俺はお前のモノなんだよなー?」
「っ!」
ニヤニヤした顔でそう言われ、咲は顔を真っ赤にさせる。
すると横から声が掛かった。
「……お前自分の彼女からかうなよ」
呆れたように言いながら苦笑したのは龍矢で。
見ると幸花も隣で苦笑していた。
その事に咲と直樹はバツが悪くなって、視線を逸らす。
「じゃ、じゃあ私はコレで……」
そう言って咲がそそくさと数学教官室を出ようとした時。
「……家に帰ったら二人でゆっくりしような」
直樹に耳元で囁かれ、咲は真っ赤な顔のまま頷いた。
=Fin=
咲ちゃんの早とちり(笑)