――俺の部屋には猫が一匹。
 こいつがなかなか懐かない――。


≪ownerless cat≫


 真嶋怜人は、困っていた。
 自分のベッドで今はスヤスヤと安らかな寝息を立てて眠っている、名も知らぬ少女。

 俺は一体、この少女をどうしようというのだ――。


 怜人はITベンチャー企業『@Home Life』を立ち上げた若き社長だ。IT関連市場の急速な伸びに伴い会社も急成長し、今や数百億の利益を上げている。
 彼の実家の『真嶋財閥』は『真嶋重工』を営んでおり、その名は『向日コーポレーション』の名と並んで有名だ。
 怜人は有名すぎる実家が嫌で反発して飛び出し、今の会社を立ち上げた。まぁ学生時代にはもう立ち上げの基盤は出来ていたから案外すんなりといったのだが。

 伝統を重んじる旧家の真嶋。ITなんてもともと専門外みたいな物だし、当時はまだこれだけ情報化社会になるとは思っていなかったらしい怜人の父親は大した圧力を掛けてはこなかった。
 どうせすぐに上手くいかなくなって、泣き付いて戻ってくると思っていたらしい。
 その辺は運が良かったと、怜人は思っている。
 今では父親の方が折れて、度々実家に顔を出してはいるが。


 その怜人が今の状況に陥った、事の起こりは数時間前。
 怜人は気紛れで会社近くの公園に散歩に出た。
 公園に至る途中の道にある銀杏並木の紅葉に、もう秋かと改めて思う。
 実は社の人間に一度見る事を進められていたのだ。見れば新しい企画のアイデアが何か思いつくかもしれないと。
 そうして時計を見て、そろそろ社の方に戻ろうかと思った時だった。

 ドサッ。

 という物音がした。
「!?」
 何か、重い物が落ちたとか、そんな感じの音。
 驚いて顔を上げると、目の前には少女が一人、倒れていた。
「……」
 こういう時、人はどういう反応をすればいいのだろうか?
 慌てる?
 駆け寄って抱き起こす?
 誰か、人を呼ぶ?
 ちなみに。
 怜人は冷静に、しかし、少しばかり面倒臭そうに。
「あー……大丈夫か?」
 そう声を掛けた。
 だがその少女は、事もあろうに倒れたまま、顔だけを怜人の方に向け見上げると、冷たく一言。
「アンタには関係ないだろ……っ!」
 と言い放った。
「……っ!?」

 一応目の前で倒れられたんだから見捨てるのも忍びないと思って、わざわざ声を掛けてやったのに。
 まさかそれを悪意で返すとは。

 普段の怜人ならここでブチ切れてもいい所だ。
 だが怜人はそれよりも、その時の彼女の。
 強い瞳に惹かれた。

 まるで、手負いの獣のような。
 鋭い眼差し。

 しかし、少女はそのまま気を失ってしまった。
 拒絶されたわけだし、放っておいても別に怜人には関係のない事だ。
 迷う事はない。いつもそうしてきたのだから。
 だがどうした事か、怜人は気付けばその少女を抱き上げ、ご丁寧にも自分の家まで連れ帰っていた。

 そうして今に至る。


 日々の業務はその殆どをメールのやり取りでこなしている為、別にパソコンさえあれば自宅でも支障をきたす事はない。
 それに社長とはいっても、会社の立ち上げを自分一人でやった訳ではない。
 学生時代の悪友何人かと協力して会社の基盤を作り、社長が誰かを決める際に、名もないただの学生より、“真嶋”という知られた名の方が色々と便利だという事で怜人が社長に据えられたようなものだ。
 まぁ、それを抜きにしても怜人の頭脳はずば抜けていたのだが。
 大抵外部の人間と接触するのは――余程の理由がない限り――他の悪友達の管轄だし、そういう意味では怜人はかなり自由だ。

 怜人はメールで今後の簡単な指示を出し、ベッドで眠る少女に目をやる。
 取り敢えず今は、この行き倒れの少女が目を覚ますのを待つばかりだ。