それにしても。
 歳は幾つだろうか?中学生ぐらいに見えるが、平日の昼間だというのに制服も着ずに公園で行き倒れになった辺り、違う気もする。
 大体、随分汚れた服を着て……何してたんだ、コイツ?

 怜人があれこれ考えていると、その少女はようやく目を覚ました。
「……?」
 少し寝惚けているのか、虚ろな目で周囲を見回したかと思うと、急にガバッと飛び起きる。
「っ!?……ここドコだよ。アンタ誰」
 少女は怜人を見据えて言う。
 その強い瞳で。

 あぁ、そうか。

 怜人はようやく理解する。

 俺はこの瞳が見たかったんだ。

 そんな怜人に、少女は怪訝そうな顔をする。
「……何だよ」
「……お前言葉遣い悪すぎ。一応行き倒れたのを助けてやったんだ。お礼くらい言って欲しいね」
 まさか、その瞳に見惚れていました、とは言えず、取り敢えずそう言う。
「……アンタが勝手にやった事だろ」
 その態度は怜人にある動物を連想させた。
 それは、警戒心がやたら高く、なかなか人に懐かない……。

 ――猫。

「俺は真嶋怜人。お前は?」
「……音々子」
 名前を聞いた途端、怜人は吹き出す。

 ねねこ。
 それじゃあまるで……。

「っマジかよ〜!猫みたいだとは思ったけどよ、名前まで“ねこ”って、普通アリか?そのまんまじゃねーかっ!」
「うるさい、笑うな!俺はそう言われるのが大嫌いなんだ!」
 音々子の言葉を聞いて、怜人は笑うのをピタリと止める。

 ちょっと待て。
 今コイツ、自分の事“俺”とか言わなかったか?

「……自分の事、俺って言ってんのか?」
「そうだよ、悪いか」
 怜人は音々子の見た目と中身のギャップに、少なからず驚いていた。

 音々子の顔立ちはまあまあだ。各パーツもきちんとバランスが取れてるし、悪くはない。意思の強そうな瞳は印象的で、ぷっくりと膨らんだ小さな唇は可愛らしいし、肌の色は驚く程白く、今時にしては珍しい、肩より長めの黒髪のストレートに、小柄で華奢な体つき。
 男なら思わず守ってやりたくなるような、一見すると可愛らしい、か弱そうな印象の少女。
 なのに。
 一度口を開けば言葉遣いは悪く、挙句自分の事を男みたいに俺と言う始末。
 とんだじゃじゃ馬だ。

 だが同時に、彼女の弱い部分も見たくなる。
「……なぁ、お前何であんなトコで行き倒れてたワケ?」
「関係な……!」
 と、丁度音々子が口を荒げたのと同時に、彼女のお腹が控え目に鳴った。
「……っ!」
「何だ、腹減ってんのか。出前取るから何食いたいか言え」
「いらない!」
「遠慮すんな。好きなの頼んでやるから」
 ほら、と促すと、返事の代わりにまたお腹が鳴った。
 だが音々子はまだ何かしら警戒している。
「……見返りなんざ要求しねぇから安心しろ」
 そう言うと音々子はやっとボソッと呟くように、ピザ、と言った。


 電話でピザを注文して、怜人は改めて音々子の汚れた服に気付く。
「……届くまでシャワーでも浴びてろ。ついでに着てるモン全部洗濯。バスローブあるから取り敢えずそれ着りゃいいし。じゃなきゃ乾燥機もあるから」
 怜人は浴室の方を指し示しながら言う。
 まるで本当に野良猫を拾ってきた気分だ。
 音々子はというと、自分の格好を眺めて、今度は素直に従う。
 そこの所はやはり少女。さすがに気になったらしい。
「……覗くなよ」
「覗かねーよ」
 浴室に通じる扉がパタンと閉まって一人になると、怜人は急に不思議な感じがした。
 こんな風に砕けた話し方をするのは実に久しい。
 それは社長という立場によるものが非常に大きいのだが。
「……そういやこの部屋に女上げんのって初めてか?」
 そう思い至り、思わず苦笑する。

 女なんて掃いて棄てる程いるし、今まで付き合った女もそれこそ星の数。
 別に黙っていても女は寄って来たし、こと金と女に関して怜人は不自由した事がない。
 だが、誰一人として部屋に招いた事はない。
 自分のプライベートな部分に踏み込まれるのは嫌だったし、本気で好きになった奴なんていない。
 それに相手もどうせ、自分の社長という肩書きと金が目当てだったような奴らばかりだ。
 だからこそ、なのかもしれないが。
 ただの遊び相手。わざわざ部屋に呼ばなくとも、後始末の事を考えなくていい分ホテルの方が楽。
 相手が寝てる間に姿を消せばそれで終わり。
 実際そうして縁を切った女は沢山いる。

 なのに。
「……ワケわかんねぇ」

 何やってんだ俺?
 あんなガキわざわざ拾って、家にまで上げて。
 それこそホテルで十分じゃないのか?
 いくらあの瞳が見たかったとはいえ、ここまで……。

 怜人は自分でもよく分からない己の行動に、首を傾げるしかなかった。