ある日の事だった。
「音々子。今日は遅くなるから晩飯はいらない。多分帰りは夜中になると思うから、先に寝てろ」
怜人は朝、音々子にそう言って家を出た。
今日は取引先の相手の接待。
案の定それは長引き、帰路についた時にはもう、夜中の二時を回っていた。
さすがにもう寝ているだろうな。
そう思って玄関のドアを静かに開ける。
普通に開けても、寝室は一番奥の部屋なのだから、物音で起こしてしまうという事はないだろう。
だがそこは人間の心理というやつで。
思わず苦笑しつつも、廊下を進むにつれ、怜人は自然と眉を寄せた。
明かりが点いている。
しかも煌々と。
まさかとは思ったが、リビングを覗くと、やはり音々子はそこにいた。
少しウトウトしながらも、パジャマ姿で確かにソファに座っていて。
俺の帰りを待っていてくれた。
そう思ったら凄く嬉しくて、胸が締め付けられた。
愛しい。彼女が、凄く。
だが同時に思うのは、本当に自分を待っていたのかという疑問で。
もしかしたらそんな気は全くなく、ただうたた寝をしただけかもしれない。
一度そんな事を思えば、確かめずにいられないというのが人の常だ。
「音々子、何してるんだ?ベッドで寝ないのか?」
急に声を掛けられ、音々子は驚いたようだったが、怜人に一瞥くれるとプイと横を向いてしまった。
「……怜人が悪い」
「はぁ?何だソレ。俺は今日遅くなるから先に寝てろって言ったハズだぞ」
いきなり訳も分からず悪者にされて、少なからず怜人はムッとする。
「知ってる。でも……怜人があんな大きなベッド買うから悪い!」
……は?どういう意味だ?
何でダブルベッドが……。
そう思って怜人はハタと気付く。
「……寂しかったのか?一人で寝るのが」
怜人がそう言うと、まるでソレが図星と言わんばかりに、音々子の顔が見る見るうちに赤く染まった。
つまりこういう事だ。
一度は寝たが、一人寝が寂しくて、待っていたと。
可愛いトコもあるじゃないか。
「もう寝る!」
怜人が色々考えていると、音々子は突然そう言って勢いよく立ち上がった。
多分、かなり恥ずかしいのだろう。
寝室に行こうとする音々子を、怜人は引き止める。
「音々子、待て。今まで待ってたんならもうちょっと待ってろ。すぐに寝る準備するから」
「……うん」
怜人は急いでシャワーを浴びるとリビングに戻る。
すると音々子は大人しくソファに座って待っていた。
それを見た途端、怜人は急に愛しさが込み上げてきた。
「音々子」
自然に体が動いたかと思うと、後ろからソファ越しに抱き締めていた。
「怜、人……?」
「好きだ」
「……っ怜……!?」
音々子が驚いて振り向き、何か言おうとした所で、怜人は彼女の口を塞ぐように口付ける。
「んっ……怜、人……!」
音々子はすぐに逃れようとするが、怜人は彼女の頭をかき寄せ、今度は深い口付けを施す。
とにかく、夢中でキスをした。
長い長いキスを終え、唇を離せば音々子は上気した頬で、それでも困惑しているようだった。
「音々子が好きだ。今すぐ、お前の何もかもを俺のモンにしたい」
「っ……!」
しかし、音々子は首を横に振った。
怜人は一瞬、拒絶されたのかと思った。
だが、音々子の口から出た言葉は。
「嘘だ……嘘だよ、そんなの……だって、怜人は……」
「!?……何が嘘なんだ?」
それは、思ってもみなかった言葉。
「だって怜人は、俺の事ペットとしてしか見てないんだろ!?」