上条時音は今日程自分の行動を呪った事はない。
 “間の悪い人間”というのはどこにでもいるワケで。
 時音の場合が正にソレ。
 今までも自分のタイミングの悪さを、何度恨めしく思った事だろう?

 だが、今日程最悪だった事はないと思う。

 何故なら。

 ある意味、一番見てはいけないモノを見てしまったのだろうから。


≪ご〜いんぐ☆まいうぇい≫


 そもそもの始まりは、明日提出の課題プリントを教室の机の中に忘れたという事実に気付いた事だった。
「あちゃ〜……仕方ない、取りに戻るか」
 殆どの部活が終了していく中、教室に続く廊下には全く人影がなくて。
 何となくあまり音を立てないように静かに歩く。

 そうして教室のドアを開けたと同時に、ガコンッ!という盛大な音が聞こえた。
「っ!?」
 恐らくは机か何かを蹴る音だろう。
 だが時音は、突然の大きな音に何事かとそちらを向く。

 その視線の先。
「久我君……?」
 それは、他でもないクラス委員長の久我道行。
 品行方正、成績優秀。とても机を蹴る、等という行為とは掛け離れた存在だった。

 こういう時は、触らぬ神に祟りなし。
 今見た事は無かった事にし、知らぬ存ぜぬを通す事にした。

 多分、彼の視線は今私に向けられている。
 恐ろしくてそちらに顔を向ける事は出来ないが。

「上条時音」

「っ!」
 低い声でフルネームを呼ばれ、時音はビクッと肩を震わせる。

「見たね……?」

 近付いてくるのが気配で分かる。それなのにその場を動けない。
「み、見てないっ」
 これは正しいだろう。音を聞いたのであって、直接見た訳ではないのだから。
「でも状況は一目で理解しただろう」
「別に誰にも言わないし、言ってもどうせ信じない」
 早くこの場から逃げたくて、時音は思い付くままにそう言った。
 すると案外あっさりと彼は頷いた。
「それはそうだな」
 しかし。

「でも……俺の本性知っちゃったでしょ?」

 そう続けられた言葉はすぐ耳元で、囁くような声音だった。

「――っ!」

 マジで逃げたい。
 時音はそう願ってやまなかった。


 次の日の朝、時音はかなり憂鬱な気分で学校に向かっていた。
「はぁ……」
「おはよう、時音」
 溜息を吐いた途端に掛けられた声は、他でもない、優等生面をした久我道行のもので。

 この野郎、よくもいけしゃぁしゃぁと……。

 と、時音は昨日の彼の言動を思い出していた。