今現在、私、葵寿子には、付き合って四年目になる彼氏がいる。
大学二年の時に彼から告白されて。
社会人になった今、私は高校で英語教師、彼は一般企業に就職して、サラリーマンをしている。
ただ、最近はお互い社会人一年目という事で何かと忙しく、すれ違いの日々を送っていた。
≪意地っ張りな恋≫
そんな寿子の悩みの種は、勿論それだけではない。
現在寿子の目下最大の懸案事項は、ある一人の男子生徒。
「寿子センセ〜っ!どう?俺の彼女になる気になった?」
そう言う彼、小岩井達哉は、何かに付けてすぐにその話を持ち出してくる。
「……あのね、小岩井君」
「達哉」
「は?」
「達哉って呼んでよ」
そう言う達哉に、寿子は半ば呆れて溜息を吐く。
「……あのね。何度も言うようだけど、私は先生で貴方は生徒。よって恋愛事は禁止、御法度。それ以前にハナから恋愛対象にはなりえません。Do you understand ?」
そう言って軽くあしらい、寿子は達哉の横を通り過ぎる。
……ハズだった。
彼に手を掴まれなければ。
「俺は本気だよ?」
達哉はあくまでもそう言って、ニッコリと笑みを向ける。
「……貴方、私が新米教師だからって、からかってるの?」
寿子はウンザリとした口調でそう言う。
あぁもう。手、離してくれないかなぁ。
こっちだって暇じゃないのに。
そう考えてチラッと視線を達哉から離した時。
「じゃあ証明してあげるよ」
「え?」
視線を再び戻した時には、もう遅かった。
唇に柔らかい感触。
それは一瞬の隙を突いた、掠め取るような、触れるだけのキス。
「な……っ!?」
「俺の本気、分かってもらえた?あ、それとももっとしっかりしたヤツの方が……」
「いい加減にして!」
キスされた事に頭にきて、寿子はそう怒鳴った。もしここが学校じゃなかったら、間違いなく引っ叩いていただろう。
「ハッキリ言うわ。貴方の気持ち、迷惑なの。私には大学の頃からずっと付き合ってる彼氏だっている。だからもう私に付き纏わないで」
すると達哉は目を瞠り、寿子の手首を掴んでいた手を緩めた。
寿子はその隙に達哉の手を振り解く。
「そっか……彼氏、いたんだ……」
「いないとでも思った?」
「……」
黙ってしまった達哉に、寿子は少し可哀想な事をしたかな、と思う。
だがすぐに、自分は悪くない、事実を述べただけなのだから、と思い直す。
そうしてそのままその場を後にする事にした。
だが。
「それでも俺は諦めないよ。絶対に振り向かせてやるからな」
後ろからそう宣言され、寿子は戸惑いながらも、聞こえないフリをした。