それからというもの、寿子はなるべく一人では行動しないようにした。
人通りの少ない廊下は避け、多少遠回りになっても、なるべく大勢の人がいる廊下を通った。
でないとこの間、不意打ちのキスをされた事みたいになりかねないから。
二学期もそろそろ終わりに近付くと、数名の生徒から、年賀状を書きたいから住所を教えて欲しい、と言われた。
それは自分も学生の時にやっていた事だったから、言われるまま何の気はなしに教えていた。
だけど。
その生徒達の中に“彼”がいた事に、何故私はもっと警戒しなかったのだろうか?
その日の夜、一人暮らしの寿子のアパートの前に、達哉の姿があった。
「小岩井君!?貴方、何で私の家知ってるのよ!」
「ん〜?寿子センセが教えてくれたんじゃん」
「え……?」
寿子は、「そんなハズは……」と言いかけ、すぐに年賀状の事に思い至る。
「あれは年賀状の為でしょ!?」
「俺は最初からコレが目的。それにしても寿子センセ、いつもこんなに帰り遅いの?夜の女性の一人歩きは危険だよ?」
「……帰りなさい」
寿子は努めて冷静にそう言って帰そうとするが。
「嫌だね。このクソ寒い中、ずっと待ってたんだ。せめて、何か温かいモンでも飲ませてよ」
達哉のその言葉は、暗に家の中に入れろと言っているようなもので。
だがよく見ると、達哉は鼻の頭まで真っ赤だ。ずっと待っていた、というのもあながち嘘ではないだろう。
それにしても。
一体どれだけ待っていたのだろうか?
内心呆れながらも、寿子は冷たく言い放つ。
「それは貴方が勝手にした事でしょ?」
「そうだけどさぁ……取り敢えず入れてよ。何もしないからさ」
ニコニコと無邪気に、甘えるようにそう言われ、寿子は少しだけ揺らぐ。
「……本当に?」
「本当。もし破ったら学校辞めて、寿子センセの前から姿消すよ」
「……」
一瞬の逡巡の後、結局その言葉に負けて、寿子は達哉を渋々家の中に招き入れた。
「へぇ……寿子センセ、ちゃんと片付けてるんだー」
「何よ、おかしい?」
寿子は部屋の中を無遠慮に見回しながら言われた言葉に、ムッとする。
「いや?ただ単に俺が片付け苦手なだけ」
「あっそ……紅茶でいい?」
「うん、あんがとー」
律儀に温かい飲み物を用意する寿子に、達哉は自然と顔を綻ばせる。
その事に、マグカップを手に戻ってきた寿子が、怪訝そうに指摘する。
「……何その表情」
「いやー、寿子センセの家でこうして会話してると、まるで恋人同士みたいじゃん?」
「何バカな事言ってるの……それ飲んだら帰りなさいよ」
達哉の言い分に溜息を吐いて、寿子は自分の分に口を付ける。
はぁ……何やってるんだろう、私。
彼とは関わらないようにしようと思ってたのに。
それが家に上げて、おまけに飲み物まで……。
そんな事を考えていると、達哉が唐突に口を開いた。
「……寿子センセ、最近彼氏とあんま上手くいってない?」
「え……な、何でよ」
まさか。
分かるハズない。
「この部屋、男の影がどこにもない」
「!」
分かるハズ、ないのに。
言い当てられるとは、思ってもみなかった。