「っ……どうして?」
達哉は奥歯を噛み締め、強く問い詰めたい気持ちを抑えながら、努めて静かに聞いた。
「だって……彼と同じ事言う……私が、いるのに……さっさと別に彼女作った彼と……」
「寿子……?それって……!」
寿子が二股を掛けられていた、という事実に対し、達哉は憤慨する。
だが。
「いいの。もう別れてきたから。……でも、彼と同じ事言われると、いつか離れていきそうで怖いの。年が離れてるから、なおさら……」
だから……と寿子が続けようとすると、達哉は口の端をニッと上げ、笑みを浮かべる。
「……じゃあ俺の事好きなワケだ」
「え……な、何でそうなるの!?」
自信たっぷりの達哉の態度に、寿子は困惑する。
信じられない。
一体ドコをどうとったら、そんな発想になるのだろう?
「好きだから、離れた時の事考えると怖いんだろ?同じ事を繰り返すのが。……言っとくけど俺、寿子の事、手離さないよ」
「小岩井君……」
達哉のその真剣な眼差しに、目が逸らせなくなる。
私は信じてもいいのだろうか?
彼を、彼の言葉を。
「ね、達哉って呼んでよ」
人懐っこそうな、無邪気な笑み。
元彼はこんな風には笑わなかった。
そんな些細な違いに寿子は、信じてみてもいいかな?という気になる。
「……達、哉……?」
おずおずと名前を呼ぶと、達哉は顔を綻ばせた。
「寿子、すっげー大好きっ!愛してるっ!」
そう言ってギュッと抱き締めてくる。
その事に寿子は何だか胸の奥が物凄く温かくなり、達哉を抱き締め返した。
信じられる。
きっと、彼なら。
「達哉……大好き」
それは小さな声だったが、確かに達哉の耳にハッキリと届いた。
その言葉は寿子の、精一杯の素直な気持ち。
すっかり冷めてしまった紅茶を飲みながら、達哉は嬉しそうな、楽しそうな表情で聞いてきた。
「ね、ね。学校でも寿子って呼んでもいい?」
「……先生を呼び捨てにしないで頂戴」
少しだけ冷たくそう言って、寿子はやれやれと思う。
ただでさえ、周囲にバレると危うい立場にいるのに。
呼び捨てなんて、絶対危険。
……それよりも。
新任教師だから、生徒になめられてるって思われるかも……。
そう考えていると、達哉は事もなげに言う。
「んじゃ、二人っきりの時は呼び捨てね」
「わ、私の方が年上なんだから、さんとか付けなさいよ!」
ムキになってそう言う寿子に、達哉はピンとくる。
(恥ずかしいんだな……)
そうしてニヤリと口の端を上げて、耳元で囁くように言う。
「寿子」
「っ!」
「名前呼ばれると逆らえないんだろ?」
「うっ……」
言葉に詰まった寿子に、達哉は図星だなと思った。
「さっきみたいに素直になってよ」
「む……無理っ」
「意地っ張り。俺の事好きなクセに」
「こ、これは性格なの!簡単に直せるモンじゃ……」
そう抗議する寿子に、達哉はキスで口を塞ぐ。
「……まぁ、意地っ張りなトコも好きだけどね?でも、たまには素直なトコも見せてよ?」
「……そんな事言うなんてずるい。年下のクセに、余裕あるし……」
「あぁ、寿子のは年上としての意地か」
「むぅ……悪かったわね」
「そういうトコも可愛いよ」
「な……っ!」
可愛いと言われ、真っ赤になって寿子はそっぽを向く。
その事に達哉が、自分の方を向かせようと色々言ってくる。
そんな風に流れる時間を、寿子は愛おしいと思った。
できればずっと、こんな時間を大切に出来たらいいと思う。
本当は許されない事だ。
教師と生徒の恋愛なんて。
でもこの気持ちは、決してやましいものなんかじゃなくて。
一人の人間としての、純粋な気持ちだから。
年の差も、お互いの立場も、そういう事全部抜きにして、歩いていきたい。
他でもない、貴方と。
でも、絶対にこの事は内緒。
自分の方がベタ惚れなんて知られたら、絶対付け上がるから。
意地でも言わない。
=Fin=