「……そうだ、用事を思い出した。アーヴィア、いいかい?」
 マリノスはいかにも今思い出したという感じでアーヴィアのみ呼び止める。
 すると他のメイド達は一瞬眉を顰め、邪魔しようとする。
「ですがマリノス様……」
 だがマリノスは構わずアーヴィアの手を取ると、集団の中から連れ出した。
「用事があると言っているだろう。さぁアーヴィア、こっちへ」
「は、はい……」


 そうして十分に他のメイド達から引き離した所でマリノスは立ち止まり、アーヴィアに向き直る。
「……日に日に増える傷は、彼女達が原因だな?」
 だがアーヴィアは首を横に振った。
「違わないだろう。どうして庇う?」
「……私が、悪いんです……私が、ドジで愚図でのろまだから……」
 俯いてそう言うアーヴィアに、マリノスは苛立った。

 聞いてて嫌になる。
 どうしてこの女は――。

「あーもうっ!ウジウジすんな。悪いと思うなら直せ!俺はそういう奴が大っ嫌いだ!」

 思わず地が出てしまった事に、マリノスは言ってから気付いた。
「あ、やべ……」
 だが時既に遅し、アーヴィアは驚きに目を見開いて固まっている。
「あー、今のはその……」
「……マリノス様、今の方が何だか自然でした」
「え……」
 アーヴィアの言葉に、マリノスは何だか不思議な気分になった。

 色々な感情がごちゃ混ぜになったような。
 どう反応していいか分からない。
 だけど。

 一番近いのは、安心した、だった。

「……まぁいい。取り敢えず、幾らなんでも暴力はいき過ぎだ。彼女達に非がある。今度からは抵抗しろ。それでも続くようなら俺に言え。いいな」
「……はい」
「よし。……じゃあ俺は行く。あ、裏庭通ってた事は内緒な?」
「はい」
 多少笑顔になったアーヴィアを見て、マリノスは、良かった、と思った。


 だが次の日。
 マリノスの部屋の掃除に現れたのは、アーヴィアではなかった。
「……アーヴィアはどうした?」
「あ、はい。あの子なら今朝、突然辞めると……」
「辞めた!?」
「えぇ……片付けをして、そろそろ城を出る頃かと……」
 それを聞いて、マリノスは思わず部屋を飛び出していた。

 辞めた!?
 しかも昨日の今日じゃねぇか!
 そんな突然、冗談じゃねぇ!

 そんな事を思いながら廊下を走り抜け、丁度門の所で追い付く事ができた。
「アーヴィア!」
「……マリノス様!?な、何故……」
 振り返ってマリノスの姿を認めたアーヴィアは、そのまま足を止め、困惑した様子だった。
 だがマリノスは構わずに怒鳴る。
「何辞めてんだよ、お前!」
「……あの、こ、これ以上、マリノス様に、ご迷惑をお掛けしたく、なかったので……」
「誰が迷惑だって言った。俺の迷惑は俺が決める。お前が決めるな」
「で、ですが……」
 アーヴィアの態度にマリノスは苛立ち、思わず抱き締める。
「ここにいろ」
「ま、マリノス様……!?」
「俺の傍にいろ。俺の許可なく勝手に辞めるな。分かったか!?」
「は、はいっ」
「じゃあ戻るぞ」
「……はい」
 アーヴィアが頷いたのを見て、マリノスは踵を返して歩き始めた。


 そうしてその後。
「……俺、何であんな事言っちゃったかなぁ……」
 アーヴィアは相変わらず、掃除をしているのか、汚しに来たのか分からない程、要領が悪い。
「……アーヴィア、もういいよ。ご苦労様」
「……申し訳ありません……」
 それでも一つだけ、マリノスは前ほど彼女を嫌いではなくなった。


 ――皇子様の苦悩は、案外早く解決するかもしれない――。


=Fin=