そんなある日の事。
 マリノスが“ソレ”に気付いたのは偶然だった。

「アーヴィア。その怪我……どうしたんだい?」
 見ると、手や足に数ヶ所擦り傷がある。
「あ……こ、これはその……転んでしまって……」
「……そうか」
 その答えに何か、妙な違和感を感じたが、マリノスはすぐに気のせいだろうと思う。
 何故なら、アーヴィアは何もない所でも転んでいる事があるからだ。

 だが、数日経ってマリノスは、それは間違いだと気付いた。
 アーヴィアの傷はほぼ毎日、どこかに必ず新しいものができていたからだ。
 いくら彼女がドジだからといっても、流石にそれはおかしいだろう。
 しかし、聞いた所で彼女は答えない気がした。
「さて、どうしたものか……」
 だがそれが、後のマリノスにとって思いがけない方向へと進む事となった。


 その日マリノスは所用で近道の為に、廊下を通らずに裏庭を突っ切り、主に植え込みや茂みの傍を通っていた。
「こんなトコ通ってるのバレたらヤバイよな、やっぱ……」
 そんな事を呟きながら、バレた時の事を思い浮かべる。
 一番煩いのはやはり、マリノスの教育係だろう。
 礼儀作法から皇子としての意識、立場、仕事、あらゆる事を教わったのだが、いささか堅苦しく口煩い。

『マリノス様!二十歳になられるというのに、このような事、何と情けない!もっと皇子としての自覚をお持ち下され。将来貴方様は国王となり、国を治める立場に なられる方ですぞ!?』

「……うっわ、マジうるさそー……しかも絶対一時間は説教だよな……」

 もう考えるだけでげんなりする。
 あの口煩さはどうにかして欲しい。

 そうしてそろそろ廊下を通ろうと思っていた時だった。
「ん?あれは……」
 マリノスは人がいるのを見つけて咄嗟に隠れる。
 誰かに見つかると、すぐに口煩い教育係の元に報告されるだろうからだ。
 それはよく見ると、アーヴィアと数人のメイド達だった。

 だが、どうやら様子がおかしい。
 明らかに、休憩時間にメイド同士で仲良くお喋り、という雰囲気じゃない。
 アーヴィアは他のメイド達に囲まれて、肩を小突かれたりしている。

 不愉快だ。
 何が原因かは知らないが、一人対多数という状況は卑怯だ。
 それに何だか。
 何か。

 嫌だ。

 上手い言葉が見つからないのがもどかしくはあったが、とにかくこの状況を黙って見過ごしたくはない。
「……あー、えっと君達、何してるんだい?」
「マリノス様!?」
 声に気付いたメイドの一人が振り返り、声を上げる。
 すると全員の視線が、一気にマリノスに向いた。
 皆、明らかに動揺している。

「……マリノス様こそ、どうしてこのような場所に?」
 笑顔を取り繕って、リーダー格っぽいメイドが一歩前に進み出た。
「散歩だ。一人になるなら、中庭より裏庭の方が確実だと思ってね」

 本当は近道をしてきたのだが、この際まぁいい。

「君達こそ、休憩中かい?」
「え、えぇ……」
「もしよければ、どんな話をしていたのか聞かせてくれる?興味があるんだ。女の子達の関心を集める話題に」
 努めてにこやかに、あくまで自然を装う。
「あ、いえ、大した話は……マリノス様にお聞かせできる内容では……」
「そう、残念だな……テーマみたいなものもダメかな?」
「まぁ、強いて挙げるのであれば……女性の悩み、ですね。美容など」
「あぁ、成程。女性は美しくあって欲しいと思うから、やはり深く聞くべきではないようだね」
 相手の言葉に、嘘ばっか、と心の中で思いながら、顔には出さない。
 だが相手は自分達がやっていた事に対する後ろめたさに、早くこの場を立ち去りたくて仕方ないだろう。

「では、私達は失礼致しますわ」
 連れ立ってその場を去ろうとするメイド達に、マリノスはアーヴィアを彼女達から引き離すべきだと考えた。