〜大賢者の弟子奮闘記〜


 夢と現の狭間で微睡みながら、フォリシスは自分を起こす優しい声を聞いていた。
「……スさん……きてく……い。フォリシスさん、起きて下さい……」
「ん……あと、もうちょっと……」

 何だか幸せな気分だった。
 声の主に甘えたくなる。
 優しい、女性の声。

「……女性……?」
 声の主が女性という事に対して、フォリシスの頭は回転を始める。

 今現在、自分が寝ているのは北東の孤島にある大賢者の家で、弟子である自分に与えられた自室のベッドだ。
 大賢者、つまりお師しょー様は男だし、自分以外に弟子はいない。
 完全に第三者の声だ。

 思わずフォリシスは跳ね起きる。
「きゃっ!?」
 フォリシスが突然起き上がった事で、驚きの声を上げた女性。
 その人物をハッキリと認識して、フォリシスは真っ赤になって動揺した。
「リ、リムさん!?ど、どうしてココに?」
「あ、それは……」

「ようやっと起きたか、このバカ弟子」

 リムがフォリシスの問いに答えようとするのを遮って、大賢者が戸口で口を開く。
「お師しょー様!」
「……全く、弟子が師匠より起きるのが遅くてどうする……リムさん、旅の途中もこ奴はずっとこんな調子で?」
「……えっと」
 リムは言葉に詰まる。

 旅で一番早起きだったのはラティスだ。二番目は自分。
 三番目は神無だが、実は寝覚めは悪く、マリノスは寝起きが悪い。
 フォリシスは最後だが目覚めはいいので、その後に神無がようやく意識をハッキリさせて、寝起きで機嫌の悪いマリノスを一喝する、という感じだった。

「……どうでしょう?」
 明らかな作り笑顔で言うリムに、大賢者は内心呆れる。

 曲者揃いだったんかのう……?

 そんな事を思って、フォリシスに向き直る。
「まぁええか……ほれバカ弟子、いつまでそうしておる。早よう着替えんか。旅の仲間だったとはいえ、お客人の前で失礼であろうが」
 大賢者はそう言うが、現在のリムは本来の姿に戻っており、十歳の少女の姿ではなく、完全に大人の女性の姿だ。
 それを改めて再認識し、フォリシスは一気に顔を赤くする。
「う、あ……す、すみません、着替えてきますっ!」
 フォリシスは着替えを持って、ダッシュで別の部屋に行く。

 そうして扉を閉めてその場に座り込むと、落ち着く為に一息吐く。
「……あー心臓に悪い……リムさん本当に……美人ですもん……」

 きっともてるんだろうな。
 色んな人から求婚されたりして。

「……もう彼氏とかいるんだろうな……」
 そう呟いて落ち込み、溜息を吐く。

 実はフォリシスはリムに対して、密かに淡い恋心を抱いていた。
 それは旅の途中からで。
 いつからか、気付けば一緒にいると心が安らいだ。
 相手は子供だし、何を考えてるんだと自分の気持ちに内心戸惑っていたが、大人びた丁寧な口調は、リムを子供だと思わせなかった。
 事実彼女は自分より十歳近く年上で、それはそれでかなりショックだった。

「……情けない上に年下なんて、相手にもされないんだろうな……」

 さらに落ち込み、溜息を吐きながら着替えを済ませると、居間として使っている部屋に行く。
 すると、朝食の用意が出来ていた。