浅葱星。
今でこそ人付き合いが希薄で、感情の変化も殆どない彼だが。
星は昔からそうだった訳ではない。
どちらかといえば活発で明るく、友達付き合いも多いタイプだった。
それがほぼ正反対に変わってしまったのは。
彼の中学時代まで遡る。
≪変化する気持ち≫
星が中学三年生の初夏。
「浅葱君〜。待った?」
「いや、全然。行こうか」
「うん」
星には彼女がいた。
告白は彼女の方からで。
一学期の終わりに校舎裏に呼び出されたのだ。
星の方も、それなりにいいなと思っていた相手だし、断わる理由も無いので付き合う事にした。
付き合い始めた次の日から夏休みに入って。
週に何度かは会ってデートをして。
中学生らしく、それなりに節度ある付き合いだった。
そうして夏休みの終わり頃。
星にとって、忘れられない出来事が起こった。
その日は午前中から図書館で夏休みの宿題を二人で終わらせて。
終わったらどこかへ出掛けようという事になっていた。
「そっちどう?」
「ん〜あとちょっと」
「そう。こっちももうすぐ終わる」
そうして宿題を終わらせて、図書館を出て。
あちこちブラブラしたり、ゲーセンでゲームをやったりして。
夕方近くになって、最後に近くの公園へと向かった。
「あー楽しかった!」
「俺も」
ベンチに座って少し話していると、彼女がしんみりしたように言う。
「……もうすぐ夏休みも終わっちゃうね」
「そうだな」
「……ね、浅葱君。最後に夏の思い出が欲しいな」
「思い出……?」
星は最初、何の事か分からなかったが、すぐに雰囲気で何となく理解した。
思えば一ヶ月、デートはしたが恋人らしい事といえば、腕を組んで歩いただけ。
つまり、もう一歩先に進んで欲しいのだろう。
恋人なら当然の事だし、中三ならキスぐらい別にしててもおかしくない。
そう考えて、星は少しだけ緊張しながらキスをしようとする。
だが。
「お前ら、何やってんだよっ!?」
急にそう怒鳴られ、星は慌てて声のした方を見る。
するとそこにいたのは、星の一番の親友ともいえる人物が、物凄い形相で立っていた。
「恒基(こうき)……?」
「星っ!何でお前が彼女と一緒にいるんだよ!?」
「え……?」
星は、恒基に彼女ができた事を話してはいない。
それは思春期ゆえの恥ずかしさからくるものだったのだが……それでも責められる謂れはない。
訳も分からず戸惑っていると、恒基は星の胸倉を掴んできた。
「お前、なに人の彼女の手ぇ出してんだよっ!見損なったぞ!?」
「ちょ、ちょっと待て恒基。人の彼女って……」
「惚けてんじゃねーよ!この間メールで報告しただろーが。彼女と付き合う事になったって」
そう言われても、星にはメールが届いた記憶など全くない。
一体何が起こっている?
「恒基、それっていつの話だ」
「三週間くらい前だよ。電話で告ってOK貰ったって、ちゃんとお前にメールしたし、その後お前からも“おめでとう”って返信してきたじゃねーか!」
ますます身に憶えのない事に、星は頭が混乱してくる。
それに。
三週間前なら、星の方が先に彼女と付き合い始めている計算になる。
訳が分からなくなって、彼女からもちゃんと話を聞こうと星が振り返ると。
「……彼女、どこに行った?」
いつの間にか、姿を消していた。
取り敢えずその場は、順を追って話をしようとするが、恒基は頑として聞き入れず。
星が悪者と決め付けられて、絶交を言い渡されてしまった。
その夜、星が電話で彼女を問い詰めると、信じられない答えが返ってきた。
『私としては浅葱君の方が好きなんだけど、浅葱君、全然先に進んでくれないし?つまんないなーって思ってたら告られて、あっちも結構好きだったし、
付き合ってみてからどうするか決めようと思って』
「それって……二股だろ。それに俺と恒基が親友だって事、知ってるハズだろ?何でそんな事、平気で……」
言いながら星は絶句した。
二股なんて、大学生とか大人とか、もっと年上のする事だと思っていた。
それなのに、自分の彼女がなんの悪びれもせず平気で二股できるような子だったなんて。
確かに、彼女とは軽い気持ちで付き合い始めた。
それでもちゃんと好きになっていったし、彼氏としてそれなりに対応していたつもりだ。
なのに……。
「……恒基が俺にメールしたんだけど、俺は受け取った覚えがない。もしかして、それも……?」
『あ〜なんかそんなのもあったね。丁度デート中に電話掛かってきて告られてー、浅葱君その場にいなかったのね。何だろ、どっかでお昼食べた時か図書館にいた時かなー。
告られた後、すぐに机に置きっぱなしだった浅葱君のケータイにメール入って、流石にすぐバレてもヤだったから、消しちゃった♪』
星はもう、本当に言葉にならなかった。
「……俺はこの先も付き合うなんて無理だ。それと今の内容、恒基にも話すから」
それだけを言って、星は電話を切ると、すぐに恒基に電話して、今の内容を話す。
「――という訳なんだ」
真実を知れば、きっとまた元通りになるはず。
そう思っていた星だったが。
『……それで?彼女は平気で二股掛けるような酷いヤツだから、別れた方がいいって?』
「……別れるかどうかは、最終的にはお前の判断だけど……」
『で?俺と彼女を別れさせて、お前が堂々と彼氏気取りをする訳か』
「え……?」
『よくもまぁ、そんなデタラメ思い付くもんだな。マジでお前の事見損なった』
「恒基?」
『お前が素直に自分の非を認めて謝ってくるなら、まぁ許してやろうかなって思ってたけど……最低だな。よりにもよって、彼女を悪者にするなんて』
「な……っ!?」
『お前みたいなヤツを親友だと思ってた俺が馬鹿だったよ。じゃあな。もう話し掛けてくんな』
「恒基!」
それきり電話は切られてしまって。
その後から、何度電話してもメールを送っても、全て着信拒否されてしまった。
新学期が始まっても、全くの無視で。
星は精神的に参ってしまった。
思春期の多感な時期に、彼女からの裏切りと、親友の間にできた修復できない亀裂。
その二つの出来事は、星の心に大きな傷を残し。
星は他人を信じられなくなってしまった。
そうして、希望進路を地元の高校ではなく。
寮のある月羽矢学園に変更した。
とにかく、二人から遠ざかりたかったから。
それがまた新たな変化を生むとは、この時の星には想像もつかなかった。