月羽矢学園に入学が決まった星は、すぐさま入寮手続きをし、慣れ親しんだ街を離れる。
その為か、新入生の入寮としては一番乗りだった。
一人部屋が与えられるのは三年生からなので、当然相部屋で。
だが、数日経っても同室者は誰も入ってこず、星はこのまま一人で使うのかと思っていた。
しかし入寮最終日。
「浅葱。今いいか?」
「はい」
寮長に連れられて部屋に来た人物がいた。
「いや〜、間に
「事前申し込みしてあるんだから、入寮できないって事はないぞ」
「あ、それもそうですね〜」
その人物は寮長にそう言ってから部屋の中を見て、ようやく星に気付いた。
「お、もしかして、自分が俺の同室者?俺は山吹太陽や。これからよろしゅうな!」
ニコニコと人懐っこそうな笑みを浮かべて手を差し出してくる太陽に、だが星は視線をそらして言う。
「……浅葱星」
「なんやなんや、無愛想なやっちゃな〜。人と話す時は目ぇ見て話すモンやろ」
「……言っておくが。同室者だからって、気軽に俺に話し掛けてくるな。というか、俺の事は放っておいてくれ」
拒絶を示す星の言葉に、太陽は寮長に怪訝そうな顔を向ける。
「……なんです?コイツ」
「……まぁ、できるだけケンカはしないように」
苦笑しながら言う寮長に、太陽はなおも聞く。
「ちなみに他の部屋ってどうなっとります?」
「全室満杯。ま、寮生活ってのは他人同士の共同生活の場だからな。実家と同じようにはいかないって事だけ覚えとけ」
「はぁ……」
そうして寮長は部屋を出て行き、二人きりになった。
暫くは太陽は自分の荷物を片付けていたが、何故だか騒々しかった。
「なぁ、クローゼットのこっち、俺が使ってもええんやろ?」
「ああ」
「ベッド、上と下どっち
「下」
「よっしゃ!なら俺が上やな〜。あ、せや。一応これ、渡しとくわ」
「……何だ、コレ」
「引越し饅頭?おかんが同室者に渡せって、無理やり持たされたんや」
「……どうも」
先程からいちいち話し掛けてくる太陽に、星は次第にイライラしていた。
その原因は、何となく感じている。
太陽は、昔の自分と似ている、と。
それと……恒基にも。
何も知らずに、二人で笑っていられたあの頃。
だから、余計に癪に障る。
だから余計に、関わりたくないと思う。
同じ思いは、もうしたくないから。
「あ、まさか俺が変な関西弁
「……さっきからなんなんだ」
「は?」
「もう俺に話し掛けてくるな」
「……あのなぁ。折角同室になったんやし、もっと仲良うしようや。寂しいやんけ」
「俺には関係ない」
そう言って、星は部屋を後にした。
その後も太陽は、何かと話し掛けてきて。
授業が始まると、クラスメイト――主に女子――まで話し掛けてきて、正直うんざりしていた。
昔の星なら、明るく受け答えをして、あっという間にクラスの中心になっていただろう。
だけど。
心を閉ざしてしまった星には、誰もが何か魂胆を持って近付いてくるようにしか見えなくて。
一ヶ月もすれば、クラスでも浮いた存在になっていた。
時々告白されても、冷たく断わる事しかできなくて。
それなのに。
太陽だけは、諦め悪く話し掛けてきていた。
「……な〜。何でそんなに人と関わろうとせぇへんのや。自分、クラスでも孤立しとるやん」
「……」
数ヶ月も経てば、星はいくら太陽に話し掛けられても無視を決め込んでいて。
それでも太陽はお構いなしに話し掛けているという構図が出来上がっていた。
「いっつも一人で、楽しいんか?」
反応が無いと分かっていても、喋らずにはいられない性格らしい。
星は太陽をそう判断していた。
そんなある日。
「なぁなぁ、聞いてぇな!俺、文通してる子いるって
嬉しそうにそう言う太陽に、星は折角忘れかけていた事を思い出して腹立たしげに言う。
「……遠距離なんだろ?すぐにダメになるに決まってる」
「……なんやと?」
その事に太陽も剣呑な表情をする。
「久し振りに返答したか思えば、何やいきなり。言っていい事と悪い事があるんちゃう?」
「一般論だ。すぐ近くにいても平気で二股するような人間もいるんだ。遠距離なんて余計に……」
「彼女はそんなんちゃうわ!」
「……どうだか」
その言葉に、太陽は星の胸倉をグッと掴む。
「何年手紙交わした思っとんねん!そんじょそこらの付き合いやないねんぞ!?彼女の事もよう知らへんくせに、勝手な事言うなや!」
そうして太陽は掴んでいた手を離して、星を突き放す。
「……話してみぃ」
「……何を」
「なんや、あったんやろ。自分、いっつも苦しそうな目ぇしてんの気付いてへんのか」
「……!」
太陽の指摘に、星は目を瞠る。
「その代わりしょうもない話やったら、彼女侮辱した分、一発殴らせろや」
話すかどうか迷った星だったが、何となく、話してみようかという気分になって、重い口を開いた。
今まで誰にも話さなかった。
誰に何を聞かれても。
誰かに話せば、そこから恒基の耳にも伝わり、ますますこじれてしまうと思ったから。
まずは本人の誤解を解くのが先だと、そう思って。
……だけどそれは、叶わなかった。
全くの第三者である太陽は、どう思うだろうか?
そんな事を思いながら話し終えて。
暫く黙って聞いていた太陽が放った言葉は。
「自分、アホやろ」
「な……っ!」
「なら聞くけどな。なんで途中でその親友の事諦めたんや」
「仕方ないだろ……!?どれだけ話し掛けても無視されて。しかも一番の親友だと思ってた奴にだぞ!?そのうえ、卑怯者だとか最低だとか、蔭でレッテル貼られて。
俺がどんな気持ちだったか……!」
当時の事を思い出して悔しさに顔を歪ませる星に、だが太陽は怒鳴った。
「ホンマの親友やったらな!いつか騙されてる事に気付いて傷付く親友見捨てへん為に、どんだけ辛くても傍におったれや!」
「!」
「もしかしたら今頃、目ぇ醒めてソイツ、お前に謝りたい思っとるかもしれへんやんけ」
「……」
まるで、水を頭からぶっ掛けられたかのような感覚だった。
そんな事、自分は考えもしなかった。
ただ、深く傷付いた自分に精一杯で。
逃げただけ。
「しかもやな。他人を信じられへんようになった?アホ言うなや。ほんなら何でココ来たん。他人と関わんのがそんなに嫌やったらな、他人との共同生活大前提の寮になんか
……言われてみればそうだ。
通信手段が発達した今、他人と極力関わらなくてすむ方法なんて、いくらでもある。
「もし無意識の内に寮生活選んだ言うんならな、ホンマは心のどっかで、他人と仲良うしたいて思っとるっちゅーこっちゃ」
得意気にそう言う太陽に、星は先程から目からうろこ状態だ。
「ちゃうか?」
視線を合わせてそう問われ、星は力を抜くようにフッと息を吐きながら首を横に振る。
「せやろ。ちゅーことで、改めて。これからもよろしゅう!」
「……よろしく」
ニカッと笑顔で握手を求められ、星はぎこちなくも手を差し出した。
それからは少しずつ、星は太陽と打ち解けていって。
だが溝が出来てしまったクラスメイトとは今更どう接していいか分からず。
……というよりも、まだ太陽以外の人間には簡単に警戒心を解く事ができなくて。
二年に上がる頃になっても、親しい人間は太陽だけだった。
それが再び変化するのは、生徒会に関わるようになってから。