星がすんなり生徒会に入ったのは、太陽による所が大きい。
 といっても、それは自発的なものではなく。
 ただ単に、断わったとしても太陽が煩くしつこく勧誘してくるだろう、という事を見越したある種、諦めに似たようなものからだ。

 自ら進んで他人に関わろうとしない自分を、太陽はとても心配している、というのは分かっている。
 だからこそこれを機に、“もっと他人と関わらんかい!”とか何とか言って、他のメンバーが決まるまで諦めずに誘ってくるだろう。
 下手をしたら、生徒会長に“絶対に説得してみせます!”と直訴して、期限ギリギリまでメンバーの決定を待ってもらう、という事もやりかねない。
 それは生徒会側にも迷惑だし、自分にとっても物凄くうっとおしいだろう。
 引き受けなかったら、ことあるごとに“星が生徒会に入っとったらなぁ”とか言われそうだし。
 それなら最初から大人しく自分が折れればいい。

 そんな考えから、星は引き受けたのだ。
 ようは、面倒だったから。


 生徒会も、始めの頃はあまり他のメンバーと関わらず、自分の仕事だけをきちんとこなせばいいと考えていた。
 だけど。
 日が経つにつれ、星はだんだんとそこが居心地がいいと感じ始めていた。

 常に全体を見て的確な指示を出す生徒会長の琴音先輩は、竹を割ったような性格で好感が持てるし、副会長の弓近先輩は苦労人っぽいが、話は分かるし親身になって くれそうな、頼りがいのある人物だ。
 太陽と同じ書記の満月は大人しい子だが、何事も一生懸命で、他人を気遣う事のできる女の子。
 全員、無神経に他人の事にずけずけと首を突っ込んでこない――最初の頃の太陽も、話し掛けてはきたが、個人的な事はあまり聞いてこなかった――ので、気は楽だし、 何より多少は歩み寄ってみたいという気になってくる。

 ただその中で、満月がどうやら自分に好意を寄せているらしい、というのを、星は薄々感じていた。
 しかも他の三人は、どうやらそれをさり気なく応援しているっぽい。
 だけど、無理強いする事はなくて。

 多分それは、自分の気持ちと満月の気持ちを尊重しているから。
 まぁ、満月自身は三人が色々と画策している事なんて、これっぽっちも気付いていないんだろうが。
 自分の過去を知らないであろう琴音先輩と弓近先輩は善意から。太陽はきっと、お節介で。

 だから星は、敢えて気付かない振りをした。
 今はまだ、誰かを好きになって、まして付き合うなんて、考えられなかったから。


 そうして半年が過ぎて。
 生徒会メンバーの入れ替えで琴音と弓近がいなくなり、代わりに男女一人ずつ、一年生が入ってきた。
 役職も、太陽が生徒会長、星が副会長となった。
 生徒会メンバーは前任者の指名制。
 流石、琴音が探してきただけあり、二人とも優秀で。
 さらに言うなら男の方が会計だった為、会計職の業務を教えるのは気が楽だった。
 生徒会業務で他人と関わる事に慣れてきたとはいえ、まだまだ琴音や満月以外の女の子と接するのは気が引けるのだ。

 新しい生徒会は、なかなか上手く機能しているようだった。
 満月は同じ書記が同性という事もあって、楽しげに話をしている姿を見かけるし、何より太陽がその持ち前の明るさとノリのよさで、上手く皆を纏めている。
 そうして、何事も無く順調に時が過ぎていく。
 ……ハズだった。
 太陽にある話をされるまでは。

 それは、冬休みも過ぎて三学期に入った頃の事。
「なぁ、星。ちょお気になる事があるんやけど」
「何だ?」
「会計の荒門(あらかど)なんやけど……なんや、満月ちゃんの事、よお見とんねん」
「……?何が言いたい」
「ひょっとしたら……俺の勘やぞ?アイツ、満月ちゃんの事、ねろうとんのやないかって」
「狙う……?」
 星はその意味がすぐには分からず首を傾げると、太陽がムッとした表情で言う。
「せやから!満月ちゃんの事、好きなんやないかって言うてんねん!」
 その言葉に、星は胸の奥が何だかチリッとしたような気がしたが、気のせいだと思い無視をする。
「……何で俺にそれを言う。そんなの、当人達の問題だろう」
 星がそう言うと、太陽はウッと詰まったような顔をしたが、めげずに話を続ける。
「せ、せやけど!告白されて断わり切れへんと、そのまま満月ちゃんが荒門と付き合うようになってもええんか!?」
「だからそれは俺達が干渉する事じゃない」
 そう言って、星はその話を切り捨てた。


 その数日後。
 星が生徒会室のドアを開けようとすると、中から声が聞こえた。
『あ、あの、若竹先輩!俺、先輩の事が好きなんですっ!俺と付き合ってもらえないでしょうか……!?』
「!」
 声と内容から察するに、中にいるのは満月と荒門。
 つまり、太陽の読みは大当たりだったという事だ。
『え、えっと、荒門君……』
 戸惑うような満月の声に、星は太陽との会話を思い出す。

 満月が断わり切れなくて。
 流されるまま、荒門と付き合うようになったら……?

 そう思った次の瞬間、星は生徒会室のドアを勢いよく開けていた。
 体が勝手に動いた事に、星は内心びっくりしていたが、中の二人も突然ドアが開いた事で驚いているようだった。
「せ、い……君……」
「浅葱、先輩……」
 一瞬その場を、沈黙が支配する。
 だが荒門はすぐに我に返ると、ギリッと星を睨み付け、そのまま無言で去って行った。
「え、あ、荒門君……っ」
 突然の事に、荒門を追おうとする満月を、星はその腕を掴んで止めた。
「行かなくていい」
「で、でも……」
「告白の返事がOKじゃないなら、追うのは止めろ」
「!?き、聞いてたの……?」
「この場合、入ろうとしたら聞こえてきた、というのが正しい」
 その言葉に、満月は戸惑ったように言う。
「こ、告白の返事を待ってから部屋に入ろうとか、思わなかったの……?」
「気付いたら行動してたからな。それに……聞きたくなかったから。返事」
「そ、それってどういう……?」
 だが満月の質問には答えず、星は彼女を抱き締める。
 星のその行動に、満月はパニック状態だったが、星はお構いなしだ。
「満月が……俺なんかを想ってくれてるっていうのは、俺の気のせいか……?」
 その質問に、満月はたっぷり十秒は固まったままで。
「満月?」
 星が答えを促すように名前を呼ぶと、ようやく首を横に振った。
「それなら……俺と付き合えばいい」
「〜〜っ……はい……っ」
 返事をした満月は、嬉しさの余りか泣き出してしまったが。

 その後、二人が抱き合ったままでいる所に太陽が来て。
 太陽はまるで自分の事のように喜んだ。


 あの時。
 取られたくないと思った。
 そう思った意味も理解しない内に、体が勝手に動いていた。
 実際に満月が誰か別の人を選ぶ事になるかもしれない、という場面で、本能的に察したのだ。
 手放してはいけないと。
 つまりは、そういう事なのだ。

 心から人を好きになるという事は。


 変化する気持ち。それは時として、本人も気付かぬ内に。


=Fin=