文武両道、才色兼備。加えて月羽矢グループの跡取り娘。
それが俺の彼女兼婚約者(仮)の月羽矢琴音だ。
全てを完璧にこなす琴音。
弱点とか欠点なんて、無いと思っていたぐらいで。
だから。
正直びっくりした。
まさか琴音にも、そういうのがあったなんて――。
≪琴音の弱点≫
それは大学に入ってすぐの事、学科交流会という名の飲み会に誘われた時の事だった。
大学の飲み会=合コンというのは世の常識。
そんな所にみすみす琴音を参加させる訳にはいかない。
どうせこれを機に、琴音に近付きたいと思う輩は多いだろうし。
だから当然、俺としては断るべきだと考えていた。
しかし。
クラスメイトとの最低限の交流は必要だろう、と言う琴音の意見に従って、嫌々参加する事になってしまった。
だって琴音を一人で参加させる訳にはいかないしな。
それにしたって、サークルには入らないという事で、飲み会からは逃れられると思ったのに。
奴ら、どうあっても琴音を参加させたかったみたいだな。
どういう名目なら断られないか、絶対に考えてきてやがる。
新入生歓迎コンパとかなら聞いた事あるけどな。学科交流会って何だよ!?
案の定、参加した飲み会には他の学部、学科の奴もいて。
参加条件は何だよ?とか聞きたくなってくる。
そうして、交流が目的だから、と俺は琴音と引き離されて。
一時間でこの場を離れる事を決意した。
こんな会、一時間も参加すれば十分だろ。
琴音はあの性格だし、未成年が酒を飲むのは法律違反だと当然の事を言って、アルコール類には手を付けないだろうし。
取り敢えず、酔った奴らが目に余るような行為をしだしたら、流石にすぐに割って入れるように、琴音からは目を離さないでおこうと誓って。
しかし、30分も経たない内に、その異変は起こった。
遠くから時々様子を見ていた琴音がその場を立ったので、トイレにでも行くのかと思って、一度視線をフッと離す。
まだ明らかに出来上がった奴はいないし、トイレぐらいなら大丈夫だろう。
そう思っていたのだが。
フッと頭上に指した影に、俺が顔を上げると、そこには他でもない琴音が立っていて。
「琴音?どうかしたのか?」
怪訝に思ってそう声を掛ける。
すると琴音は、思いも寄らない行動に出た。
「えへへ……近君、だーい好き!」
そう言って、勢いよく俺に抱き付いてきた。
寸での所で後ろに手を付いて、何とか押し倒されるのだけは避けたが。
俺には何が起こったのか理解できない。
大好きって言ったか。
しかもこんな公衆の面前で。
あの琴音が、俺に抱き付いて。
てか。
……近君って呼んだ?
「こ、琴音?急にどうしたんだ」
琴音の急な変化に戸惑いながらもそう聞くと、琴音は俺に抱き付いたまま、シュンとしたように上目遣いで聞いてきた。
「近君って呼んじゃ、ダメだった……?」
……っ可愛い……!
なんだ、この反則的な可愛さはっ!?
ヤバイだろ、これ!
……てか、そうじゃないだろ、俺。
そう自分に言い聞かせて、俺はシュンとしている琴音に取り敢えず言う。
「別に、近君でもいいけど」
すると琴音は嬉しかったのか、ふにゃっとした笑顔を浮かべて。
っだから!
その顔反則!
もう可愛い以外の何者でもないっ!
……だから、そうじゃなくて、しっかりしろ、俺!
再びそう言い聞かせて、琴音の様子をジッと観察する。
まず言動がおかしい。
琴音は公衆の面前でこんな風に抱き付いたり、大好きなんて言わない。
デートの時に手を繋ぐとか、ナンパしてきた相手に俺の事を堂々と婚約者だと言い放ったりするとかならあるが。
そもそも、普段の言葉遣いとも一致しないし。
次に、顔が赤い。
……もしかしなくても、酒飲んだ?
「なぁ、琴音。お前、何飲んだ……?」
「んー?えっと……おれんじじゅーすと、かるぴすそーだ……?」
その舌っ足らずな回答に、俺は頭を抱えたくなった。
誰だ。
琴音にスクリュードライバーとカルピスサワー(もしくはカルピスハイ)飲ませたのは……!
それにしても。
これは明らかに酔ってる。
まだ時間も時間だし、琴音の言う通り、2杯しか飲んでないと考えるのが妥当だろう。
だけど、まさかたった2杯で酔うとは。
しかもこういった飲み会の飲み放題のカクテル系とかは結構薄めてあるハズだ。
じゃなきゃ、飲む前に琴音自身が酒の匂いに気付くだろう。
なのに酔ったのか、琴音。
お前、どんだけ酒弱いんだよ……。
取り敢えず、予定より早いが退散させてもらおう。
琴音がこの状態じゃ、早く帰るに越した事はない。
「琴音。そろそろ帰るか?」
「えー、もうかえるの……?」
「嫌なら、俺一人で帰るけど」
渋る琴音に、少し意地悪を言ってみる。
すると琴音は、いやいやと首を横に振ってしがみ付いてきた。
「やー!近君がかえるならかえるっ」
だから。
……マジで可愛い。
「じゃあ帰ろうか」
可愛い反応をしてくれる琴音に、にやにやが止まらない。
ああ、普段もこれくらい可愛い反応をして欲しい……。
そう思いながら、俺は二人分の荷物を持つと、二人分の会費を置いて、飲み屋を出た。
琴音は何とか歩ける状態だったので、電車に乗って帰る。
その間、琴音は終始俺の腕にご機嫌で抱き付いていて。
俺はその僅かな至福の時間を味わっていた。