≪近くて遠い存在〜side:kotone〜≫


 私、月羽矢琴音には、弦矢弓近という幼馴染がいる。
 弓近は、まぁ割とカッコイイ部類に入ると思う。
 背はそれなりに高く、夏服になると分かるが、筋肉質とは違う、細いのに引き締まった身体つきをしている。
 猫っ毛なのか、多少癖のある髪は触り心地が良さそうで。いつも触ってみたいと思っている。

 柔らかな人当たりのいい笑顔を浮べて、面倒見のいい性格……と言えば聞こえはいいが。
 私に言わせれば、お人好し過ぎる。

 私が弓近と出会ったのは、幼稚園の年少の時だったと思う。
 家が近所で、送迎バスでもいつも隣に座っていた。
 弓近の隣にいると、いつも何故か安心できたから。
 その最たる理由としては、弓近が唯一何の打算もなく、遊んでくれたからだろう。
 大人達の思惑とは関係なく。
 誰かに言われたから、と一緒にいようとする輩とは違って。
 それは他でもない、私自身の生まれた環境が原因だった訳だが。


 現在私は、周りに一つの宣言をしている。
 それは『誰とも友人以上の関係にはならない』というものだ。
 私は自分にとって、特別と言える人間を作らない。
 特別なのは幼馴染の弓近だけで十分だ。
 勿論、私がそう公言するのには理由がある。


 初等部の5・6年から中等部にかけて、性質の悪いイジメに遭った事だ。
 当時の私は望ましくない事に、男子の人気を独り占め状態だった為だ。
 勿論、その多くは打算的な考えの下に取り入ろうとしてくるハイエナのような輩が殆どだった訳だが。
 理由はどうあれ、当然それは他の女の子達のやっかみの対象となった。
 イジメはクラスの女の子全員からの総無視に始まり、教科書の紛失、ノートへの落書き。果ては机や靴に仕掛けられた剃刀や画鋲など、徐々にエスカレートしていった。

 ……今でも思い出すだけで、深く傷付く。
 私は皆と仲良くしたいのに。
 利害や、思惑なんか関係なく、普通に笑いあえる存在。仲間。
 ……だが、私の立場が皆を傷付ける。
 親に言われて取り入ろうとする輩も。
 それを知らない女の子達も。

 そうして。
 考え抜いた末に出した、一つの結論。
 『誰とも友人以上の関係にはならない』と公言する事。
 私のせいで誰かが傷付くのはもう嫌だったから。
 周りと一線を置く事にした。
 それを示す為に、あえて口調も変えて。


 そうして私は、男女共に好かれる立場を手に入れた。
 中立という、誰とも深く関わらない孤高の道と引き換えに。

 だけど。
 気付けばいつも隣に、弓近がいた。
 それはいつしか私の心の支えになっていて。
 気付いた時にはもう、弓近の事を好きになっていた。

 でもそれは同時に。
 辛い恋の始まりだった。