それは、五月も半ばの事だった。
「弓近。ちょっと困った事になったぞ」
生徒会室で執務をしていた俺に、琴音が眉を寄せて難しい顔をしながらそう言ってきた。
「困った事って?」
「時期生徒会メンバーが決まらない」
現在の生徒会メンバーは、主に三年生が中心だ。
それもそのハズ、就任したのは昨年の十二月(実際の活動は一月から)だ。
その時二年生だったのだから当然といえば当然だろう。
流石に俺達はもう受験だから、できれば二年にやって欲しいんだが……。
「決まらないって?」
「会長の打診したヤツ全員に断られるんだ。会長が決まらないと他が決められない」
「断られるって、何でだ?」
「現会長である私がいるのに、自分には務まりません、とか言ってたな」
「あぁ……成程……」
それは断った奴らの気持ちも分かる。
これが後期生徒会会長を決める、というものだったらまだしも、今回は前期生徒会会長だ。
半年の任期の間、琴音は確実に学校にいる訳だから、それは相当なプレッシャーになるのだろう。
実際問題、生徒の大半は琴音に会長を続けて貰いたいと思っているのだろうから。
だが。
「俺達は今年受験だからなぁ。二年に引き継ぐのが当たり前なのに……」
俺がそう言うと、琴音は何かを考えるように黙ってしまった。
「……当たり前、か。そうだな……それが普通だ。私もお前も、昨年の同じ時期に生徒会に入ったんだからな」
そう、俺と琴音はもう丸一年生徒会をやっている。
普通任期は半年なのだが、前回も誰も引き継いでくれなかったのだ。
まぁ、前回はしょうがないだろう。別にまだ受験は本格的に意識してなかったし。
と、そこで名案を思い付いたというような顔をして、琴音が聞いてきた。
「……弓近。前期生徒会会長を三年生がやってはいけない、という校則はあるか?」
「……ない、と思うが……まさか」
「誰も引き受けてくれないんだから仕方ないだろう?他のメンバーは変えてやらないと可哀相だから、書紀と会計合わせて三人分は探すけどな」
サラッと言われた言葉に、だが俺はつっこむ。
「ってちょっと待てっ!何気に俺は副会長続行か!?しかも書紀の奴は片方、二年だろーが!」
「私が会長をやるなら、副会長はお前しかいないだろう。それに書紀の二年は……どうやら私に気があるようだ」
憮然とした表情でそう言う琴音に、またか、と思う。
時々居るんだ。
同じクラスになったとかで、それまで琴音の事を何とも思っていなかった人間が彼女に惚れてしまう事が。
生徒会室なんて、基本メンバー以外が部屋に入る事はないし、教室とは離れた特別棟にある事もあって、意外に二人きりとかの状況になりやすいんだ。
そんな所に出入りする人間が琴音に惚れた、というのは危険極まりない。
「でも確か彼女居ただろ。だからメンバーに入れたんだし」
「結構上手くいってたのに、男の方から理由も告げずに一方的に別れた、との情報がある。新しい彼女を作る様子もないし……最近やけに話し掛けられる」
「……新しいメンバーに変えた方が良さそうだな」
「ああ。で?お前は引き受けてくれるのか?」
急に話を変えられ、だけど俺の答えは一つしかない。
「引き受けるよ。他ならぬお前の頼みだからな」
せめて、一番近くに居ると、決めたから。
「悪いな」
「お前に信頼してもらえるなんて、光栄だよ」
「うん……信頼してる」
申し訳なさそうな、何だか泣きそうな琴音の笑顔。
こういう時はいつもこうだ。
迷惑なんかじゃ、ないのに。
「……んな顔すんな。別に任期が半年延びたからって、受験には影響出ねーように両立させるから」
「……そうだな」
ようやく笑った琴音に、俺は安堵しつつも気合を入れた。
心配掛けねーように、成績落とさないようにしなきゃな。うん。