その日は私、甲斐遊菜にとって、最悪の日となった。


≪New one side≫


 いつものように部活を終えてからのコンビニのバイト。
 問題はそのバイト先で起こった。
「甲斐さん、今日から新しい人入るから。ヨロシク」
「はーい」

 はっきり言って私がバイトしているこのコンビニは人手不足。
 だから、新しい人が来る、というのは願ってもない事だった。
 ……その人物の顔を見るまでは。

「げっ……」
 思わずそう言ってしまったその人物。
「彼は葵貴寿君。で、葵君。彼女は……」
「知ってます。甲斐は俺の後輩でしたから」

 そう、私は彼を知っている。
 目の前にいるのは、昨年、というか今年の三月に卒業したばかりの同じ部活――美術部の先輩。
 いつも無表情で不機嫌そうに見えて。
 私は正直言ってこの人の事が苦手だった。
 成績優秀で絵も上手く、美大に推薦で合格した。
 そうして先輩が卒業していった時には、これでやっと顔を見なくて済む……と、そう思っていた。

 なのに。
 よりにもよってこの人はどうしてバイト先にココを選ぶのだろうか。
「じゃあ、後は任せるよ」
「……え?」

 もしかしなくてもこれから二人っきりですか?
 仕事内容を教えるのは私ですか?
 マジで……?

「ヨロシクな、甲斐」
 そう言った葵の表情は、遊菜が今まで見た事の無い程柔らかなもので。
「!?」
 自分の目を疑った。
 その表情は本当に一瞬で、次の瞬間にはもう元の不機嫌そうな表情に戻っていたのだから。
「どうかしたか?」
「い、いえ。何でもありません……」
 遊菜は、目の錯覚だと自分に言い聞かせる。

 だってあの顔は。
 本当に見惚れてしまう位に、先輩が格好良く見えてしまったから。


 遊菜は、葵とシフトが重なる事は殆ど無いだろうと思っていた。
 しかし、遊菜の予想に反し、実に毎回と言っていいほど葵と重なった。
「うぅ……何で?もうバイト辞めたいかも……」
 でも今辞めたら、また人手不足で困るだろう。
 遊菜は、責任感が強いというか、性分というか、そんな事を思って辞める事も出来ず、結局仕事だからと割り切って、葵と接していた。


「なぁ甲斐」
「………………はい」
 客が引いて、店内に二人きりになると、遊菜はよく葵に話し掛けられた。
 それは、部活の近況だったり、取り留めの無い話だったり、という内容。

 正直、遊菜は嫌だった。
 学校では、こんな風に話した事無かったから。
 仕事だから、と割り切って接する事が出来なくなるから。

 どう返答すればいいか、分からないから。

 実際遊菜は殆ど相槌しかしていなかった。