突然だが、俺、伏見礼義(ふしみ れいぎ)には、南里智(みなみさと とも)って言う可愛い彼女がいる。
 彼女との出会いは、友人に無理に連れられた弓道の大会会場。
 堅苦しいのが苦手な俺は、弓道なんてそれまで全く興味が無かった。
 特に武道によくある“礼節を重んじる”、とかそういうのは息が詰まるし、何より自分の名前が“礼義”だ。何かにつけて他人よりも余計にとやかく言われるから、ハッキリ言って大嫌いだった。
 事実、初めて見た弓道の大会は、俺には物凄くつまらないものに思えた。


≪俺と彼女と彼女の事情≫


 シーンと静まり返った会場内に時折響くのは、矢が的に中(あた)る時の、タンッという小気味良い音と、その時にギャラリーから上がる「ヨシッ!」と言う声。後は皆中(矢が四本全て命中する事)した時の拍手だけ。
 だが、弓道の事を何も知らない礼義にとっては何処がいいのかサッパリだ。
 元々賑やかな方が好きな礼義。応援するなら声を張り上げ、勝ったなら仲間と手を取り合って喜び合う。

 なのに……何なんだよ、この雰囲気は。
 凛とした、というのを通り越して重々しいこの空気はっ!
 達哉には悪いが、こんな所、とっととおさらばさせてもらおう。
 周囲の空気に耐え兼ねて、というより嫌気がさして、礼義は帰ろうとする。

 その時だった。
 長く、真っ直ぐな黒髪を一つに束ね、背筋をピンと伸ばし、白の道衣と黒の袴に身を包み、凛とした佇いで弓を引く彼女を見たのは。

 綺麗だと思った。

 この重苦しい空気の中で、彼女の周りだけが違って見えた。
 完全な一目惚れだ。
 大会後、礼義はすぐに彼女に声を掛けた。
「ね、突然で悪いんだけど。俺、伏見礼義って言います。名前と学年、あと、出来れば連絡先教えて下さい」
 一度頭を下げてから彼女をそっと窺い見る。
 すると当然彼女の方は困惑した顔をしている訳で。

 まぁ誰だって見知らぬ人間から突然声を掛けられれば、こうなるだろう。
 それに礼義だって、こうして名前も知らない女の子に声を掛けるのはこれが初めてなのだ。
 だが、礼義には引き下がれない理由があった。
 何故なら礼義は一般の都立高に通う、弓道とは縁も由縁もない人間。
 だが、彼女はあの私立月羽矢学園の生徒。
 何が凄いかって、敷地面積と生徒総数。部外者は迷子確実。探し人は砂漠に落とした豆粒一つ。
 ……あれ、違ったか?

 とにかく、この機会を逃したら絶対後悔すると思った。
「てか、弓を引いてる姿が凛としててすっげー綺麗で一目惚れしました!付き合って下さいっ!いえ、お友達でもいいんでチャンス下さい。……ごめんなさい、名前だけでいいんでマジ教えて下さい」
 言ってて礼義は、最後の方は何だか泣きたくなってきた。
 というより今気付いたが、周りにはまだ結構人がいて。

 うーわー、絶対『ごめんなさい』コース間違いないー。