三月下旬。学校が春休みに入って数日経った、麗らかな春の日。
「智、探したぞ」
デートをしていた礼義と智の前に突然現れたのは、智の事を溺愛してやまないシスコンの二人、仁と忠だった。
≪彼女と俺と俺の苦難≫
まさか兄まで現れると思っていなかった智は、驚きに声を上げる。
「忠はともかく、どうしてお兄ちゃんまで!?」
先日、弟の忠は月羽矢学園高等部に見事合格を果たしたと連絡を受けていたので、目の前に現れても不思議はないし、正直、いつ邪魔しに来るかとも思っていたのだ。
だがまさか、そこに兄の仁まで現れるとは……。
驚きに二人が固まっていると、仁は得意気に言った。
「喜べ、智!俺も春からこっちで暮らす事になったんだ。近くの大学に合格したからな」
その言葉に智は深く溜息を吐き、礼義は引き攣った笑みを浮かべて思った。
――全然嬉しくないっ!
そんな二人の様子はお構いなしに、仁と忠は礼義と智の二人を引き離すかのように間に割り込み、智ににこやかな笑みを浮かべて言う。
「という事で、今日は兄弟三人でお祝いしよう、智」
「え」
礼義を無視した展開に、二人は慌てる。
「ちょっと、急に何言い出すの?」
「そうそう、それに今デート中なんですけど!?」
だが仁と忠は、智を無理矢理連れて行こうとする。
「そんなの知るか」
「俺達はお前の事を認めていない」
するとその言葉に智が怒る。
「そんなの二人が決める事じゃないでしょ?礼君の事、何にも知らないで一方的な事言わないでよ。それに……どうせ二人共、私が誰を連れてきたって、
認めるつもりなんてないんでしょ」
その指摘に、仁と忠は視線を逸らす。
だがすぐに気を取り直して、智を再び連れて行こうとする。
「ほら、俺のアパートの場所も教えときたいし、荷解きも手伝って欲しいし。一人暮らしに必要な物買うのとか、色々手伝って欲しいんだよ。な?」
今度は無理矢理にではなく、そう頼み込むようにして。
これはどうあっても連れて行く気だと悟った智と礼義は、顔を見合わせ同時に溜息を吐く。
「……礼君」
「うん、分かってる……」
そう言いながらも礼義は、でも……、と仁に向き直って言う。
「荷解き大変なら、俺も手伝いましょうか?」
今後の事を考えると、このままデートを続けるのは得策ではないだろう。
これから仁と忠の二人は、近くに住む事になるのだ。
下手に関係を悪化させれば、後でどんな事態を招くか分からない。
だけどやっぱり、邪魔された事には不満もあるし、もう少し一緒にいたい。
その考えから、礼義はダメ元で手伝いを申し出たのだが。
「お前はいらん」
結果はやはり、NOだった。
仕方なしに礼義は、兄弟に連れて行かれる智を見送る。
別れ際、携帯を持って手を振りながら。
連絡待ってる、という意味を含ませたその行動に、智も気付いたのだろう。少しはにかんだ笑みを浮かべると頷いた。
一人その場に残された礼義は、落ち込んだように、思わず頭を抱えてしゃがみ込む。
「……春休みはいっぱいデートしようと思ってたのに……」
そう呟きながら、五分咲きの桜の木を見上げる。
もう後数日もすれば満開になって、見頃だろう。
そう思って溜息を吐く。
「……お花見も行けそうにないな……」
礼義は、智と近くの花見スポットに一緒にお花見に行く約束をしていた。
その時には智が、お弁当を作ってきてくれる事になっていて。
「ぅあー……智ちゃんのお弁当ー……」
何度かデートの時に食べた事があるが、智の愛情たっぷりのお弁当は毎回美味しくて。
今回も物凄く楽しみにしていただけに、ほぼ100%キャンセルになってしまった事に、礼義の落ち込みはさらに増した。