≪思い出話≫
雲が日を隠し、雨が地面を濡らす平日の午後。
いつものように仕事が潰れた工は、水希の祖父に古いアルバムを見せてもらっていた。
「小せぇ頃の水希は本っ当にめんこくってなぁ」
その言葉は身内の欲目ではなく、写真に写っている水希はとても愛らしく笑っている。
「そうですね。これは幼稚園ぐらいですか?」
「おぅよ。そんでな?同じ幼稚園の悪ガキ共が、水希の気を引きてぇと思う訳よ」
「やっぱり、何歳でもそれは変わらないんですね」
「人間なんて、歳くってもやってるこたぁ、そう変わんねーモンよ。だがそこは経験の差なんだろうなぁ」
「経験、ですか?」
「まだまだ小せぇガキってぇのは、親の気を引く為に悪戯を覚えるモンだろ?まぁ、悪戯自体が楽しいってぇのもあるだろうがな。親相手ならそれでもいいさ。何だかんだ
言って、結局は嫌う事はねぇんだからな。ま、最近じゃ例外も増えてきてるみてぇで、けしからん世の中になってきてるなぁとは思うがな」
眉を寄せて一度そこで区切り、水希の祖父は続きを話す。
「とにかくだ。気を引く為に悪戯するってぇのは、男と女の間じゃ逆効果でな。だが悪ガキ共はそれに気付かねぇ。気付いた時にゃあ、もう嫌われてるって寸法よ」
「確かに、悪戯ばかりする相手を好きになるのは難しいですからね」
「おかげでウチの水希はしょっちゅう泣いて帰ってきたモンよ。しまいにゃ、“男の子なんて大嫌い〜”なんて言ったりしてよぉ。元々人見知りする方だったから、ウチの
大工連中の顔見るたんびに泣いてたんだが、それが一層酷くなっちまって……小学校からは女子校通いだろ?ますます男が苦手になっちまったんだよ」
それを聞いて、工は成程と納得する。
異性が苦手、というのは分かっていたが、それにしても水希の反応は過剰に見える時がある。
もしかしたら、その幼稚園の時の記憶がトラウマになっているのかもしれない。
写真の中の水希は、小学校・中学校と年齢を上げていって。
その写真にまつわる話を聞きながら、工は相槌を打つ。
少しずつ成長していく写真の中の水希は、段々と可愛いという容姿から綺麗という容姿に変わっていく。
そうして工は、驚くべき話を聞いた。
「それにしても工。水希はおめぇに対してだけは、最初っからそんなに苦手意識持ってなかったみてぇなんだよなぁ」
「……どういう意味です?」
こう言ってはなんだが、最初の頃は確実に避けられていたと思う。
異性に免疫がなく、苦手意識を持っていると誰が見ても分かるような反応。
それなのに、苦手意識を持っていなかったみたいだ、と言われ、工は首を傾げる。
「水希は、ウチの大工連中の前でもそうだが、男と話す時は大抵、及び腰でな?肩も縮めて怯えたような態度なんだよ。だけど、おめぇが初めてウチに来て挨拶した時、
水希の奴、確かに緊張はしてたみてぇだが、そうじゃなかったんだよ。まぁこれは、他人じゃまず気付かねぇだろうけどな」
「そう、なんですか……」
そう言われても、工にはその違いが分からず、曖昧な返事をする。
「だからよ。水希がこのまま男が苦手なようじゃ、将来可哀想じゃねぇか。だからまぁ、取り敢えずおめぇから慣れてもらう為に、晩飯ん時に呼びに行かせたりしてたんだ
けどな。そしたら段々普通に接するようになってくじゃねぇか。こりゃあいい傾向だと思ってたら、いつの間にか付き合ってやがるしよ」
「……それは、その……」
「別に咎めてる訳じゃねぇんだ、そんなに縮こまるんじゃねぇ。むしろもっと堂々としやがれ!なんたっておめぇはもう、ウチの跡継ぎなんだからよ!」
カッカッカと豪快に笑いながら背中を叩かれ、工は苦笑する。
それにしても。
「どうして、俺は大丈夫だったんでしょうね……?」
「んー?そりゃあ、おめぇアレだ。おめぇが静かだったからじゃねぇか?」
「静か、ですか?」
「そうよ。悪ガキ共然り、ウチの大工連中然り。今まで水希の周りにいた男共といやぁ、騒がしくって遠慮ってぇモンを知らねぇような連中ばっかりだったからな」
それはつまり。
必要以上に話し掛けたりしなかったから、という事だろうか?
確かに工は水希の態度にすぐに気付き、一歩引いてあまり話し掛けたり視線を合わせたりしないように心掛けていた。
唯一の接点としては、挨拶やお礼といった言葉を交わすくらい。
食事時も基本的には黙々と、樫本家の面々の話に相槌を打つだけで。
かえってそれが良かったらしい。
きちんと会話をするようになったのは、いつだったか雨の日に、珍しく水希の方から話し掛けてきた後からだ。
「……俺は水希さんにとって、全く新しいタイプの異性だったって事ですね」
「そういうこった。ま、その辺の変な輩に引っ掛かる前でこちとら安心ってぇモンだ」
「そうですね」
そんな風に話していると、水希が帰ってきた音が玄関の方からした。
「水希さん、お帰りなさい」
「ただいまです、工さん、お爺ちゃん」
「おぅ、水希。おかえり」
「二人で何を見ているんですか?」
アルバムに気付いた水希が、傍に寄ってくる。
「水希さんの小さい頃のアルバムです」
「私の?うわぁ……懐かしい」
「……勝手に見て、よろしかったですか?」
少しだけ気まずそうにそう聞く工に、水希は首を横に振る。
「ええ、構いません。その代わり、今度機会があったら工さんのアルバムを見せていただけると嬉しいです」
工のアルバムは実家だ。だから今すぐには見られない。
「はい、分かりました」
そう約束をして。
今度は三人でアルバムを見始めた。
たまにはアルバムを開いて、思い出話もいいかもしれない。
そうして第三者の視点で語られる思い出も、また一興。
=Fin=